SS02
 クラスメイトに、学校帰りに軽く飯を食って帰ろうと誘われたから、オレは当然のように幼馴染にも声をかけた。
「めんどくせぇ」
 それに対する返事というのはあまりなもので、けれどそれすらいつものことであったから、オレはさして気にもしなかった。オレは心の広い男なのだ。
 ただしちょっとばかしひどい返事だとは思ったから、嫌味の一つぐらい残すことは忘れなかった。オレは心が広いけれど、やられたらやり返すを時と場合によってはモットーにしている男でもあるので。
「あぁそうかよ。まあいいけどな別に。新一が来ると絶対殺人事件が起こるもんなー罪のない店員に被害が及ぶのは可哀相だし?」
「今日帰ったら、母さんに魚料理食いたいって言っておくな。今日から一カ月程」
「あああああ嘘ですごめんなさい冗談ですオレが悪かったです!」
 土下座すらしそうな勢いの、オレの必死の謝罪にも、新一はふんっと鼻息を鳴らすだけだった。そうして鞄を掴むとあっさり教室から出て行ってしまった。
 そういや今日は、確か新一が楽しみにしていた小説の発売日だったような気がする。このまま本屋に直行し、今晩は一人読書を楽しむのだろう。それならそれでいい。オレは友達と遊んで家に帰って美味しい夕飯を食べるとしよう。高校生男子の食欲を甘く見るな。
「あれ、工藤来るって?」
「やー来ねぇ。本屋行くんじゃねあいつ」
「好きだなー」
 そんなことを言いながら、クラスメイト何人かと一緒に学校を後にする。駅前の適当なファミレスに入って、ドリンクバーと食べ物を頼んで、出されていたプリントを一応広げてみたりはするんだけど、だれ一人手なんてつけていない。まあ提出までには何とかなるだろう。
 だれに彼女ができただの、その彼女がまた胸が大きくて可愛いだの、それはぜひ一度会わせてもらわなきゃいけないだの、男同士の会話なんて実にくだらない。でもそのくだらなさをオレは愛してる。
 だってそうだろう。ここには殺人事件の話もホームズの話も出てこない。オレがいくら「興味ねぇんだよ」と言ったところで、「いやでもホームズは本当にすごくて」なんて話し続ける奴はだれもいない。当然だろう。普通の高校生は多分あそこまでホームズを愛したりはしない。あれは病気だ。ホームズ中毒だ。
 そして何が一番素晴らしいって、クラスメイトと普通にファミレスに来ている以上、当然ながら殺人事件なんて起こらない。
「……きゃあああああああっ!」
 そうそう、新一といるといつもこんな風に、どこからともなく悲鳴が聞こえて―――。
 ……っておいこら。
 声は少し遠くから聞こえてきた。どうやらバックヤードで何かがあったらしい。でももちろんオレは一般人で、ただの客なわけで、どこかのだれかさんのようにすっ飛んでいくなんてことはできない。
「……今の声、やばくね?」
「ゴキブリが出たって悲鳴じゃねぇよなあ」
「それだったらうける」
 幸いにもオレ達の注文した料理は全て出揃っていた。後ろで何があったにしても、とりあえず困ることはない。
 困ることはないが、しかしさっきまでの和やかな雰囲気はとたんにどこかに消えてしまった。周りの客も似たようなもので、ざわざわとした落ち着きのない空気の中、だれもが店の奥に目を向けている。
 偶然なのか、それともみんな何かを感じているからだろうか、レジに向かう客は一人もいない。そうこうしている内に、店員たちは慌ただしく駆け出し始め、店内の空気はますます落ちつきのないものになっていく。これはどうにも。
「殺人事件だったりして」
「おい、だれも人が死んだなんて言ってねぇだろ?」
「でもさっきの声、急病人が出たとかそんなレベルじゃないぜー?」
「工藤がいねぇのにンなこと早々ねぇだろ」
 おお、新一はオレ以外のクラスメイトにもそう思われているのか。オレはそれをどう受け止めるべきなのか。
 グラスは空になっていたけど、ドリンクバーに向かうのも何だか躊躇われる空気で、オレは仕方なしに氷をがりごり噛み砕くことにした。
 三個目の氷を噛み砕き終わった辺りで、今度は店の外が騒がしくなった。聞き覚えのあるサイレン。白黒の車が駐車場に滑り込んできた。つまりこれは。
「……間違いなくゴキブリじゃねぇな?」
「だから絶対人が殺されたんだって、そうだって!」
「黒羽はどう思うよ」
 そんなことをオレに聞かれたって。
「……いやぁ?」
 入って来た警察官の中には、見慣れた顔がちらほらとあった。けれどもちろん、これだけの人数がいる店内で、警官達はオレに気づいたりはしなかった。真っ直ぐにバックヤードへと向かって行く。
 こうなっては、もちろん食事を味わうどころではなく、ついでに言えば友人の彼女の話題で盛り上がるわけにもいかない。どうしたものか。
 しばらくしてから現れた警官が、詳しい説明も無いままに、店から出ないでほしいという旨をオレ達に伝える。店内はもちろん騒がしくなり、これから仕事でもあるのか、いかにもなサラリーマンが警官に食ってかかったり、赤ん坊が泣きだしたり、じっとしていることに飽きたのか、小学生低学年辺りの子供が騒ぎだしたりと、けっこうな賑やかぶりとなった。
「やっべえな、これ。絶対殺人だぞ、殺人」
 クラスメイトはどこか興奮したように言う。
 一応フォローするなら、友人は殺人事件自体に興奮しているわけではないだろう。ただ、滅多に遭遇することのない非日常な空気に酔っているのだ。人間にはだれしもそういう面がある。
 一課の刑事達が来ているということは、つまりそういうことなのだろう。閉店後ならいざ知らず、客のいる店で自殺する店員がいるとも思えない。
 新一がいないのに、どうしてそんな場面に遭遇してしまうのだろう。わからないままに、この騒がしい空気の中なら平気かと、オレは空になったグラスを持ってドリンクバーへと向かった。店の中で殺人が起ころうが何だろうが、当然ドリンクバーは常と変わらず飲み物を提供してくれる。素晴らしい。
「オレが新一を誘ったからかなぁ……」
 少し後悔する。
 でも実際には、新一はこの場にはいないわけで。
 もちろん幾ら新一だって、全ての殺人事件の現場に居合わせているとはオレだって思わないけど。ただ、あまりにその確率が高いものだから。事件が探偵を呼ぶのか、あるいは探偵が事件を呼ぶのか。新一にとってみれば願ったり叶ったりなのかもしれないけれど。
「俺たち、いつまでここにいなきゃなんだろうな」
 恐らく人が殺されているのだろうが、そうわかっていても腹は減る。つまり目の前の皿はどんどん空になっていく。
 別に急ぎの用事があるわけではないけれど、自由意思で店に居座るのと、店に閉じ込められるのとではわけが違う。閉じ込められれば出たくなる。これもまた人間の心理なわけで。
「そりゃ、事件が解決するまでじゃね?」
「だーかーら、その解決するのはいつだってことを……」
 店の出入りは、当然警官の手によって止められている。
 その中でも扉が開けば、ファミレスは独特の明るい来店音を響かせる。
 多分だれよりも早く、オレはその来店者に気づいていたはずだ。だってそこにいるのは、数十分前に見送ったばかりの、オレの可愛い可愛い恋人なわけだからして。
「……とりあえず、あと一時間もすれば解決するんじゃね?」
 オレが言えば、友人たちは驚いたように顔を見合わせる。騒がしい店内の中で、来店音はそこまで響いていなかったようだ。
「何だよ。何でそんなことがわかるんだよ」
 そりゃあもう。
 何でって。
「名探偵のお出ましですから?」
 笑いながらオレが言えば、友人たちは揃ってその視線を辿り振り返った。
 バックヤードに入って行く、その後ろ姿しかもう見えなかったけれど。同じ制服を着ているクラスメイトの姿なんて、それだけでもう丸わかりだ。
「……工藤!」
「警察に呼ばれたのか?」
「すげぇ。あいつ、ほんとに呼ばれてんだ」
 妙な感心を見せる友人たちの声を聞きながら、オレは新一の後ろ姿を静かに見送った。
 仮にも恋人がいることにも、まるで気づきやしない。警官達とは違い、オメーは毎日オレと一緒にいるじゃねぇか大事な恋人じゃねぇのかよと、不満に思う気持ちがまあ無いでもないけどそう大したものではない。だって事件を前にした新一が、他のことに頭が回るわけもないのだから。
 残念なのは、その推理ショーを、ここからでは恐らく見ることができないことだろうか。
「うおー、すっげ! すっげ! びしっと犯人当てちゃうのか、あいつ?」
「つーかさ、どうやって犯人とかわかるんだよ。警察だってなかなかわかんねぇもんなんだろ?」
「だからそりゃ、推理だろ。現場を見て考えるんだよ」
「なあ黒羽、おまえちょっと、こっそり忍び込んで様子見てこいよ」
 またそんな無茶ぶりをするし。
「いやいやいや。何言ってんの何を」
「おまえ忍び込むの得意だろ。よくやってんじゃねぇか。この前だって女子更衣室に―――」
「新一いたらできねぇって! 蹴り出されんのがオチだっての!」
 仕事中の新一の邪魔だけはしたくない。嫌われたくないっていうのももちろんあるけど、それ以上に足手まといにはなりたくないのだ。
「それに、オレにはやることがあんだから」
「ねぇだろ。閉じ込められてんだぜ、オレ達」
「だからこそ、だろ?」
 オレは再び空になったグラスを持って立ち上がった。クラスメイトは後ろで「はあ?」と首を傾げている。
 食事を食べることも止められなければ、ドリンクバーもそのまま利用可のところを見ると、どうやら毒殺やらの類ではないらしい。刃物で刺されたのか、あるいは鈍器で殴られたのか。まあ、後で新一に聞けばわかることだけど。
 そう、とりあえず、新一にこの事件を解決してもらわなくては。
 そうしてオレは、その後でそんな新一を労ってやるのだ。読みたい小説をほっぽって、すぐさま駆けつけたあの名探偵を。
「……全く気づいてなかったからなぁ」
 声をかけたらさぞ驚くだろう。
 早く解決してくんねぇかなあと、何だか考えたらオレまでわくわくしてきてしまった。事件現場で、全く不謹慎なことこの上もない。そんなのは、新一だけで十分だというのに。
...12.06.26
快斗の一人称がとても書きやすくて楽しいです。この後、「よっ、お疲れー」「…いたのかよオメー」になる二人。