目を覚ますと、そこにはオレの可愛い恋人が立っていた。
そうして、まるで婦女暴行魔を追い詰めた時のような、とんでもなく冷たく射抜くような視線でオレを見降ろしていた。
「……サイッテーだな、おまえ」
「ちょ、おいおい」
何なんだ。起きぬけに何なんだ一体。
オレの恋人がちょっとばかし口が悪く、ちょっとばかし素直でないことは、それはもう生まれた時からの付き合いなんでよくわかっている。意味もなく殴られたり蹴られたりすることもしょっちゅうで、そんな痛い愛情をオレは毎日一身に受け止めている。何せそりゃもうとんでもないぐらいにはこいつのことを愛しちゃってるので。
「おまえなぁ、本当口が悪いのもいい加減にしろって……」
言いながらオレは起き上った。どうにも身体が痛い。何でだ。
疑問はすぐに解けた。どうやらオレは、自分のベッドではなく床で、それもフローリングの上で直接寝こけていたらしい。そりゃ身体も痛くなるわけだ。
「……ん? んん?」
オレは部屋の中を見渡し、昨夜の記憶を反芻し、ドアの前に仁王立ちになっている幼馴染を見上げ、そうしてから全身の体温が一気に下がっていくのを感じた。
「いやいやいや、これはだなあ! ほら、昨日友達が泊まりに来てて! オメーも知ってんだろ!?」
「……それでどうしてこうなるんだ?」
「普通にこうなるだろ、男だし! 思春期だし! 高校生だし!」
「開き直りか」
いい度胸だな、とその後に続くような声音だった。
「いやだからそうじゃなくてっ!」
オレはどうしてこんなにも慌てているんだろう。それはもちろん恋人が壮絶な顔をしているからだけど。
でも何もオレは、どこかよその女の子を連れ込んだわけでも、ましてや男友達相手に盛ったわけでもない。そもそもオレはホモではない。新一だから反応するのであって、他の男なんてもちろんオレの眼中には入らない。
昨日泊まりに来たのは全員男で、男だらけで一夜を過ごしていたわけで、つまり自然な流れでAV鑑賞会へと至ったのだった。
その数々の物的証拠が、どうして友人達の姿が消えた今も、オレの周りに散乱しているのかという謎は残るが。しかもけっこうな量だった。いやもうかなり。
「いや、ほんとにね、だからちょーっと楽しんでただけってことをね……」
「ちょっとって量かこれが」
「いやー、ハハハ、何でこんな散らばってるんだろうねーあいつらちょっとはしゃぎすぎたんじゃねー? ハハハ」
「それを全部貸してくれって頼みこんだおまえも相当だな」
「えっちょっ何それ? えっオレそんなこと頼んだ覚え一つもないけど!?」
「来る途中で小山に会った。聞いてもいねぇのにあいつはぺらぺらとしゃべってくれた。何だったら他にも証人を連れてくるが?」
「うわー、ハハハ、小山の口の軽さにはまいっちゃうよなー、本当。ハハハ。ハハハ……」
だんだん笑い声も乾いてきた。とりあえず来週会ったら小山は一発殴っておこう。
物的証拠の他にはチューハイの缶も転がっていて、昨日やけに盛り上がったのもオレがこの時間まで寝こけていたのも、全てはこの所為かと納得する。だれだ酒を買おうなんて言いだしたのは。オレのような気がしてとても口に出せない。
ちょっともうどうしていいのかわかんねぇなあと無駄に視線を彷徨わせれば、一つのパッケージが目についた。縄で縛られた女の子の写真なんて、全く昼間っから見たい物ではない。
「……ずいぶんとマニアックな趣味があったんだな、おまえ」
どうやら新一の不機嫌の理由の一端は、そこにあったらしい。見回せば、他にもそういう趣旨のパッケージがごろごろしている。だれだこれを持ってきたのは。
「いやいやいや! 別にオレに特別そういう趣味はないからね!? これはあいつらが勝手に持ってきた物で……!」
「借りてんだから同罪だろ。罪を認めろ」
「借りたって、それもオレよく覚えてねぇし……!」
「人から物を借りた上で忘れるのか。最悪だな」
だから本当どうしろと。
罪だなんて言われるようなことを、いつオレがしたと言うのだろう。確かにこれは十八歳未満が見ていいものではないけど。でもこの日本に、そんなことを律儀に守っている男がどれだけいるというのだろう。いたとしたらそいつは男ではない。
というか当然、新一だってこの手のものを一つや二つ持っているわけで。こいつの性格上、友達と観賞会なんてものはしそうにないけど。
普通に彼女持ちの奴は、こんな状況に立たされたことがあるのかなぁと、頭の片隅でぼんやり考えながら、オレはとりあえずこの状況を打破すべく冗談なんぞかましてみた。
「何だよー、新一。おまえを呼ばなかったから拗ねてんのかよー? ほら、じゃあ今夜は新一も一緒にこれ見よう……」
言いきる前に、当然のごとく蹴りが飛んできた。すんでのところで避けたけど、その風圧だけで頬がざっくり切れるんじゃないかと思うような蹴りだった。
こいつはほんとに探偵か。
「……あっぶねー!」
「馬鹿なこと言ってると蹴るぞ」
「いやもう蹴ってんじゃん! 蹴ってから言うかそれ!?」
しかもオレが避けなかったら普通に当たっていた。そこはそれ、オレは絶対に避けると信頼されてのことだとプラスに受け止めていいのだろうか。人生は常にポジティブに。
「つーかさぁ! 何なわけ? 何でそんな怒ってるわけ? 浮気したわけでもねぇのに、何でオレ朝っぱらから、そんな新一の不機嫌な顔を見なきゃいけないわけ?」
「……別に怒ってるわけじゃねぇよ。呆れてんだよ」
「何を仰る」
呆れて渾身の蹴りを食らわす奴がどこにいるのだ。
床に座り込んだまま、オレはとりあえずまだ中身が残っていそうな酒の缶を、少し遠くに避難させた。片付けが面倒そうで嫌になる。
「あのさぁ、確かにちょおっと羽目は外したかもしんねぇけどさ、でもそれだけじゃん? いや開き直ってるわけじゃなくてね、でも男友達とこのぐらいのことするのって普通じゃん、ってことをさ」
言いたいわけで。つまり。オレは。
何も悪いことなどしていないと表明したいわけなのだが、声がどうにも落ちつかないものになってしまうのは仕方ないだろう。
何せ目の前にいるのは、今年に入ってから幼馴染から恋人にジョブチェンジした相手なのだからして。
「……だから怒ってるわけじゃねぇって」
ため息を付きながら、新一はそう漏らした。さっきよりもその声は多少柔らかい。
自分でも、怒るようなことじゃないとやっとわかってくれたのだろうか。よしよしと、オレは内心で頷く。片手で缶をコンビニの袋に突っ込みながら。
「だよな、新一はこの程度のことで怒るような、肝の小さい男じゃねぇよな」
「……まあな」
「新一だって、普段いかにテレビに向かって気障ったらしいことを言ってようが、好青年演じてようが、でも中身はただの男子高校生だもんな」
「…………まあな」
「だったら普通、この手のDVDなんてそりゃ見るもんなあ。いや見ねぇ方がおかしいとも思うけど。つーかおまえ、普段どんなの見てるわけ? どんなので抜いてるわけ? 何か新一ってすごいむっつりなのが好きそうな気がしてさあ。ほら、これとかおまえ好きだったりするんじゃね?」
「…………………」
手短なところにあった、男のロマンのぎっしり詰まったコスプレ満載なそれを手にとって見せてみれば、新一はまたもやため息をついてくれた。その分幸せが逃げるというのに。
怒らせたかな、と今さらながらにちょっぴり不安になりつつも、でも蹴りが飛んでこないから大丈夫だろうと掃除を再開したオレを横目に、新一は先ほど開けたばかりのドアを再び開いた。
そうして一階に向けて声を上げる。
「千影さーん! 快斗の部屋が、ちょっとひどい有様で―――」
「ちょおおおおおおおおおおっ!」
一瞬にして、オレは散らばっていた障害物を飛び越え、新一を部屋の中に引きずり込んだ。ドアをバタンと閉める。えぇい、何でオレの部屋には鍵がついていないんだ。
「何っ!? 何言うわけっ!? オメーちょっとこの状況考えろよなくそっ!」
「状況を考えた上で言ってんだろうが。馬鹿かおまえは」
バーロー、といつもの口調で言われるよりもよっぽど胸に来る。
「おまえ自分の恋人を何だと思ってんだよ!?」
「うるせぇ。おまえなんか好きなだけAV見て一人で抜いてろ。一生右手と仲良くしてろそんで死ね」
「わけわかんねーっ! 何だよそれ! おまえなんてその年になってもドーテーのくせしてっ!」
「なっ、バーロー、だれの所為だと思ってんだよ!? くそっ、オメーがそう言うならな、今晩にでも適当に相手引っかけてヤってきてやらあ!」
「へっ、噂の高校生探偵がそんなことしていいわけかよー? さぞかし面白おかしくテレビのワイドショーでネタにされんだろうなあ!」
「オレがそんなヘマすると思ってんのかよ、馬鹿じゃねーのっ?」
「―――新一君?」
ドアの向こうから聞こえてきた声に、ぎゃあぎゃあと喚いていたオレ達はとたんにぴたっと口を閉ざした。
「どうかしたのかしら。快斗の部屋がひどい有様って……」
「うわーうわーうわー何でもねぇからっ! マジで何でもねぇからっ! 母さんは下行っててくれていいからっ!」
「昨日友達が泊まりに来てたでしょう? だからさぞかし散らかってるだろうことは予想してるけど……」
「そうそうっ! ちょっと散らかってるだけだから! そんだけだから! ちゃんと自分で片付けるからだからっ!」
「そう。変なDVDも、ちゃんといつもの場所にしまっておきなさいね。あと、新一君に無理やり見せたりしないのよ」
そう言って、母親のスリッパの音は遠ざかって行った。
新一君に無理やり見せたりしないってどういうことなんだ。オレの母親は、新一がエロビデオも見ない、テレビの印象そのままの好青年だとでも思っているのだろうか。そんな馬鹿な。
いや、考えるべきはそんなことではなくて。
「……いつもの場所って何」
「ばれてんだろ」
「いやいやオレ、そうそうばれるような場所に隠してないですけどっ!?」
「つっても、こんな部屋の中じゃそう隠し所なんてねぇだろ。ま、おまえのことだから、本気で隠そうと思えばいくらでもできんだろうけど。でも、自分で見たい時に取り出し難くなんのも面倒だから、結局手間を惜しんでそれなりの場所には隠してねぇんだろ、どうせ」
さすがは探偵の観察眼と言うべきなのか。それともただ単に、幼馴染だからこそオレの性格を知り尽くしているだけなのか。
この際どちらでもいい。
母親にエロ本その他の隠し場所を知られていることが判明したオレは、ベッドに倒れ込んで枕を抱えた。泣きたい。
「……やべぇもう死にたい」
「別に止めねーぞオレは」
「新一はどこに隠してんの。有希子さんにばれてねぇの」
「言うか馬鹿。……まあ母さんにはばれてねぇだろうけど」
と、新一が言うのは、その気になれば探偵である新一がどこに隠そうが、優作さんには全てお見通しだということがわかっているからなのだろう。
でも、あの優作さんはそんなことをしないだろう。というか、あの夫婦はどうにも放任主義だから。今も新一をほっぽって海外に出ているという。
「つーかさぁ」
「何だよ」
枕を抱えたまま、ちらりと新一を見上げてオレは言った。
「やっぱ新一も、エロ本とか持ってるんだ?」
そうだろうとは思っていたけど、言質が取れたのは初めてだった。まあ日頃改めて確認することでもないわけで。
わずかな沈黙が辺りに漂っていた。もしかしたら、新一は言葉に迷っていたのかもしれない。けれど、散らかしたままの缶をビニール袋に突っ込みながら、ため息と共に答えた。
「……持ってるだろ。普通。男なら」
「へえぇ」
そりゃそうだろう、と思いながらも興味が沸いた。
一体こいつは、日頃家でどんなAVを見ているというのだろう。見ているってことは当然抜いてもいるわけで。やばい。想像しようとするとオレの下半身がやばい。
新一は次から次へと缶をビニール袋へと突っ込んでいく。ガンガンと響く音が耳触りだった。後ろ姿しか見えない新一の耳もまた赤い。どうしようもなくてオレはため息をつく。何でこんなに可愛いのだろう。
「そんならさ」
上半身だけ起こして、ベッドの上で頬杖をつきながらオレは新一を見上げた。
床の上は、あらかたキレイになっている。缶とペットボトルが無くなるだけで雲泥の差だ。でも、中身が残っていた缶もあったはずなんだけど、全ていっしょくたにされているようでちょっと困る。
「何であんなに不機嫌になってたわけ?」
どんなAVを見るのかと、そう聞かれるものだとばかり思っていたのだろう。オレも少し前まではそのつもりだったから。
「……だから」
「オレのポーカーフェイスを、おまえは普通に見破るだろ?」
「そりゃ」
「その逆もそうなんだって、わかんねぇわけねーだろうが」
何せ生まれた時からの付き合いなのだ。今さら小手先の誤魔化しなんて通用しない。
ゴミ袋と化したコンビニの袋を持ったまま、新一はその場で固まってしまった。言葉を探していたのかもしれないし、しつこいオレに呆れていたのかもしれない。嘘は見ぬけても、その先の感情になるとまた別だ。オレはマジシャンであっても千里眼ではない。
「セックスとさ、一人で抜くのって別じゃん?」
多分これは、真昼間から交わす会話ではない。
ついでに言えば、恋人に告げる台詞でもないのだろう。
「まあ、女の子相手にこれ言う彼氏は? その後で盛大に引っぱたかれるらしいけどさあ」
友人から聞いた話だ。女と男では、性欲の在り方からして違うのだから仕方ない。男はどこかでも即物的な生き物なのかもしれない。
「でもさ、新一はそうじゃねぇじゃん」
いくらベッドの上ではそういう役割だとしても、新一を女として扱うようなことはない。もちろん大事にしたいとは思うけど、それは幼馴染の頃からだって変わらない。
「ま、どう別かって言われたら説明は難しいけども……何だろうなー。性欲が先に来るか気持ちが先に来るのかって違いかなぁ。セックスしてーとか、抱きてーって思う相手は新一しかいねぇけどさ、とりあえず抜きたいって時にはオカズにはそこまでこだわらねぇっつーか……いや好みはあるけどな。でも、この子じゃなきゃダメってのは無くて」
「……快斗」
「あ、でもオレの一番のオカズは新一だぜ? 大抵はエロビデオなんか見なくても、新一のこと考えるだけで普通に勃ってきて」
「聞いてねーよそこまで! いいから黙れオメーは!」
空になっていたペットボトルを投げつけられた。もちろん痛くはないけど、ぶつかる寸前でオレはそれを受け止める。
「いやそこを誤解してるんだったらぜひとも解かねばと思いまして」
「しねーよ誤解なんて! ただオレは……」
「ただ?」
言うつもりはなかったのだろう。
どこか慌てたように、はっと新一は口元を押さえた。眉を寄せて床を睨みつける。
「新一ー?」
ベッドの上をずりずりと這って行く。縁までたどり着いても、もちろん新一には遠い。
しばらくの間、新一は口元を押さえたまま、床の上を睨みつけていた。何もないフローリングに嫉妬してしまいそうだなんて、オレはくだらないことを考えた。
「……わーってんだよ」
「何を?」
「だから……男だし、付き合っててもこういうことをしてるって。オレだって……そうだし、オメーはそれ以上にそうなんだろうなって」
「うーん」
何を持って、『それ以上』と言われているのかは甚だ気になる。自分でも、新一以上に恐らく性欲旺盛なのだろうなとは思っているけど。いや、でもそれは、新一が平均よりも淡泊すぎるのだ。多分全ての欲求を、事件やら推理やらに持っていかれているに違いない。
「だから、わかってんのに……わかってても、でも……目の当たりにはしたくねぇんだよ」
「あぁ」
言われて初めて、オレは逆のパターンを想像した。
例えばオレが、新一の部屋で、新一が抜いたであろうAVを発見したらどうだろうか。新一が一体どの手のものを見るのだろうかという興味はあるが、実際に見つけてしまえば、多分それ以上に不快感の方が大きいに違いない。別に見るなと言いたいわけではなくて、こんな物を見て一人で抜くぐらいならオレを呼べと言いたくなる。
先ほど、セックスと一人で抜くのは別と言ったオレ自身が思うことではないのかもしれない。
でも、思考と感情は別だ。頭ではわかっていても、心はそう思えないのだから仕方ない。そういうものだ。
「……嫉妬じゃねぇけど」
「うん?」
「……おまえは、こういう子が好みなんだな、とか……」
そういうの知りたくねぇし、と。
呟きながら、新一はオレに背を向けてしまった。多分顔を見られたくなかったのだろう。赤くなっていることが容易に想像できる。
「……あー、新一」
「普通に女子だったらさ。こんなもん見るぐらいなら自分で、とか言えんだろ」
拗ねているというよりかは、怒っているそれだった。いや、拗ねているのを隠すために、あえてそう装っているのかもしれない。新一は分かりにくいというよりか、とにかく素直ではない。
男同士で付き合っているとは言っても、オレ達は元の性癖的には実にノーマルで、ただ単に男の裸を見て興奮するというわけでもない。もしそうだったら、体育の授業なんて到底受けられやしない。
話している内に、だんだん酔いも醒めてきた。昨日の会話を思い出す。「こんな子が彼女だったら毎晩最高!」だとか「もうオレこの子で一生抜けそうやばい」なんて、調子に乗って言っていた自分を思い出して反省する。オレにはれっきとしたこんなに可愛い恋人がいるというのに。何たる様だ。
「新一。あのさ」
「別に見るなとは言わねぇけど。や、見ても全然構わねぇけどさ」
「あ、うん。何つーかさ、オレさ……」
「でも見ながらオメーが、『こんな子が彼女だったら毎晩最高!』とか『もうオレこの子で一生抜けそうやばい』なんて言ってる様を想像すると無性に腹が立つんだよな、これがな」
「……うん、ハイ」
これは探偵としての勘なのか。それとも幼馴染としてのそれなのか。
はたまた、小山の告げ口なんだろうか。いや、あいつだって酒を飲んでいたのだ、そんな細部まで覚えているわけがないだろう。
「オレがいんのに、他の女を褒めそやしてんじゃねーよ、バーロ」
「うん、うん、ごめんな」
言っていることは可愛いのに、その声音はあまりにも傲岸不遜すぎて可愛くない。でもそんな様が可愛い。
オレはベッドを下りて、新一の隣に座った。腕を伸ばせば、新一は抵抗もせずにオレの胸に倒れ込んでくる。ほら、オレの恋人はこんなにも可愛い。
「ごめんな。もう褒めるのは新一だけにすっからさ」
「……別にそこまでしろとは言ってねぇよ」
「でも、オレが他の女を褒めると腹立つんだろ?」
「だからそれは……っ」
また何か、言い訳をしようとした唇を無理やり塞いでやった。
オレの口は、まだ酒の味が残っていたのかもしれない。目を閉じながらも、新一がどこか嫌そうに眉を顰めた。でも、殴ってもこなければ蹴りも飛んでこない。それをいいことに、オレはゆっくりと舌先でその歯列を舐めとった。
可愛いなあ、とただ思う。
これが、同い年の男に対する感情でないことは十分に承知している。
でも、こうしてキスをしながら、自然とぎゅっとオレの服の端を握るその手が可愛い。事件現場では、もっと恐ろしい体験なんて幾らでもしているだろうに、いまだキスの一つで緊張しているその様も可愛い。それを、必死に隠そうとしている姿が可愛い。震える睫毛の先すらまでも愛おしい。
可愛くて可愛くて仕方が無い。
あまり言うと、新一は怒ってしまうから、だからオレは有り余る思いを胸中で吐きだすしかできなのだ。何せ友人にすら吐きだすことのできない関係なわけだから。
「……好きだぜ」
唇をゆっくりと舐めとって、至近距離でそう囁いても、新一は何も返してくれない。「オレも」なんて甘い返事を期待しているわけじゃないけど、睨みつけてくるのだけはどうにかならないものだろうか。それが新一の精一杯の照れ隠しなのだとはわかっているけど。思わずオレは噴き出してしまいそうになる。
「……なげーんだよ」
しかも苦情と来た。
「えー、そう? オレはそう思わなかったけど?」
「毎回毎回、息苦しいんだよ。さっさと終わらせろバーロ」
「新一の肺活量が少ないだけだろ、それ。探偵なんだしもっと鍛えろよ」
「探偵に肺活量は関係ねーだろ!」
「いやいや。最後に推理を披露する場面でさ、一息に語ったりするもんじゃん? そんな時に……」
「んな一息に語るかよ! 普通に息継ぎぐらいするっつーの!」
顔を真っ赤にして新一は怒鳴る。それが酸欠によるものか、はたまたそれ以外のものによるものなのかはオレにはわからない。はいはいと笑って頬を撫でる。新一はその手を当たり前のように撥ね退ける。でもその手は、オレにはずいぶんと優しく感じられた。
「つーかさ、オメー、そういや何しに来たわけ」
用が無くともお互いの家を行き来して当然の仲だけど、時刻はまだ休日の昼時だ。いつもの新一なら、それこそ寝こけているか警視庁に呼び出しを食らっているかのどちらかだというのに。
「ああ」
思い出した、というような顔で新一は頷いた。その顔がにんまりとした笑みを浮かべる。
「盗一さんが、新作マジックをいち早く見せてくれるっていうからさ。それで来た」
「……えぇっ!?」
「ま、おまえは部屋の片づけでもしてろよ。オレは見てくるから」
「ちょっ、オレも見るって! 見るに決まってんだろっ!」
キスの余韻もどこへやら、新一はさっと立ち上がると振り返りもせずに部屋を出て行ってしまう。その背中の、何て素っ気ないことだろうか。
「待てよ、新一!」
「オメーが部屋散らかしてるって、盗一さんにチクってやるぞー」
そんなことをされれば、もちろんいそいそとマジックを見に行ったところで、「部屋を片付けて来なさい」と親父に怒られることはわかっている。うちの親父は優作さんよりも厳しいのだ。
「だああああ、すぐ片付けっから! 待ってろよ新一! 待ってろよなっ!」
「さーて、どうすっかなー」
「新一っ!」
もしや意趣返しだろうか。
去って行く新一から、実に楽しげな笑い声が聞こえた。冗談じゃない。
「くっそーっ!」
どうしてこんなタイミングで、親父は新作マジックなんて披露してくれるのだろうか。もちろん新作が見られるに越したことはないわけで、そこに文句を付けられるはずもないのだけど。
手伝えよ! と心底から思ったが、そういやあいつは缶を片付けてくれたのだった。部屋を散らかしたまま帰ってくれた友人たちよりもずっと優しい。さすがは幼馴染、いや恋人だと思うところだろうか。
「……いやいや。でも先に新作を見られるだなんてそんなそんな」
とりあえずオレは、部屋を片付けることだけに集中しようと、頭の中から新一の姿をしっしと追い払った。
...12.06.30
エロビデオネタが好きすぎてどうにも。でも快斗は一般的な男の子かなーとも思います。