年の差 2


 最近ツイッターを見るのが、毎日の密かな楽しみだ。
 自分で言うのも何だが、私はあまりマメな方ではない。友達からのメールなんかも、つい返事を忘れては怒られることもしばしばだ。
 そんな私であるから、友達からツイッターに誘われた時も、どうせ長続きはしないだろうと思っていた。この手のSNSはどうにも苦手なのだ。
 案の定面倒臭がりな私は、滅多に自分からツイートを発信するすることはないのだが、これが案外と、見ているだけでも楽しいのだから驚きだった。暇な時に、携帯で気軽に見れるところがいいのかもしれない。
 そうして毎日、友達の軽い愚痴や面白エピソードや、気に入りの店のセール情報などを眺めていたのだが、そこになって最近新たな呟きが混じるようになった。
 kaitokuroba。黒羽快斗。友達に教えてもらった芸能人のアカウントだ。テレビに出ているのを見かけたこともある。なるほど、確かにイケメン好きな友人が好きになりそうなタレントだと思ったが、驚いたことに彼はタレントではなかった。何でも、最近話題のマジシャンらしい。
 マジシャンと言う割には、私の見かけたテレビでマジックを披露しているところを見たことはないのだが、それはまあバラエティー番組では仕方ないことなのだろう。私はあまり頻繁にテレビを見る方ではないし、私が知らないだけで、きっと他の番組ではマジックを見せているのだろう。
 友人一押しのタレント兼マジシャンということで、興味を覚えてフォローしたのは最近のことだ。
 そうして、これがなかなかに面白い。今では正直、友人のツイートを見るよりも、このマジシャンのツイートを見る方が楽しいぐらいだ。
 芸能人のアカウントということで、やはりフォロワー数は多い。それに対してフォロー数が少ないこともまた当然のことで、けれど所謂営業的なツイートは少なく、その内容は実に一般的なものだ。どこに向かっているとか、何を食べたとか、料理の写真が上がっていたり、見ているテレビの内容だったり。
「……あ、またやり取りしてる」
 リプライを送っているのを見つけ、思わずタイムラインを遡る。
 芸能人同士のやり取りに、あまり興味は無い。他に気になる芸能人もいないからなのかもしれない。
 けれど今、黒羽がリプライを送っているのは、芸能人ではない。

 ―――@shinichi0106 絶対食うな

「絶対食うな、って……」
 何の会話をしているのかと、疑問に思いながら、タイムラインの中から「shinici0106」のツイートを探すことしばし。

 ―――shinici0106:アイス見つけた。

 ご丁寧に写メまでついている。
「あ、いいなぁ」
 パソコンの画面に向かい、思わずそう独り言を漏らしてしまったのは、その写真がハーゲンダッツのブラウニーだったからだ。私も一度食べたいと思っていたのだ。
「食べるなってことは、これって黒羽さんのアイスなのかな」
 そう予想をつける。タイムラインの先頭に戻れば、新しいツイートがあった。すかさずクリックする。

 ―――@kaitokuroba 今スプーンにぎってる
 ―――@shinichi0106 だから食うなっつってんだろ! そのアイスだれのだと思ってんだよ!
 ―――@kaitokuroba オレが食べてるからもうオレの
 ―――@shinici0106 アホ! オレのアイスだよ!

「……何やってるの」
 可愛い。可愛くて震える。
 何だろう、このまるで小学生のようなやり取りは。黒羽快斗は、確か私とそう歳の変わらないマジシャンだったはずだが。

 ―――shinici0106:うまかった

「早っ!」
 食べているというツイートがあってから、ほんの数分も経っていない。
 せっかくのハーゲンだっつだというのにもったいない。そう思ったのは私だけではなかったようだ。

 ―――@shinici0106 おまえ、ハーゲンダッツだぞ、もっと味わえよ!
 ―――@kaitokuroba 何かしつこい味だった
 ―――@shinici0106 おまえは二度とダッツを食うな

「すごいなぁ……」
 人のハーゲンダッツを勝手に食べてしまうところもそうなら、その上でしつこい味だったと言えることもそうだけれど。
 何よりもこのやり取りがすごい。相手はもとより、黒羽もこれが素なのだろう。テレビで見かける時はまるで大違いだ。そう思いながら、私は近くにあった雑誌を引き寄せる。特集ページが組まれる程には、今確かに人気な若手マジシャンなのだろう。
 載せられた写真は、どの角度から見ても文句の出ないほどのイケメンぶりで、到底マジシャンなどとは思えない。
 と、言うのも失礼なのかもわからないが、だってこの顔だ、モデルや俳優だと言われた方がよほどしっくりと来る。
 どうしてわざわざマジシャンなどになったのだろうと、思ってしまうのは私があまりマジックに興味が無いからなのか。
 黒羽快斗のマジックを見たことはないが、タレントとしてだけでも十分興味はある。その上でこのツイッターだ。テレビや雑誌で見かける黒羽快斗は、まさに紳士と言った言葉がぴったりの好青年だというのに、それがオフではこんな風にアイス一つで騒いでいるだなんて。
「甘い物は好きだって、そういえばどっかのプロフィールに載ってたっけ」
 家に帰ったら食べようと、楽しみにハーゲンダッツを冷凍庫にしまっていたのだろうか。そう考えるとやはり可愛くてたまらない。
 ただのイケメンというだけではない。どうにも母性本能をくすぐるのだと、気づいたのはこうしてツイッターを覗くようになってからだ。素の一面を見れるというところも、また芸能人のツイッターの面白いところなのだろう。
「に、してもなぁ……」
 新着ツイートは着々と増えている。その中には友人のツイートもあったが、申し訳ないが流し読みとなってしまう。

 ―――@shinici0106 夕飯何が食いたい?
 ―――@kaitokuroba 今アイス食べてた
 ―――@shinici0106 だから夕飯の話してんだろって。食いたい物ねぇんなら勝手に作るぞ
 ―――@kaitokuroba 夕飯入るかな。腹いっぱい
 ―――@shinici0106 アイス一つでどんだけ腹が膨れてんだよ、オメーは

 料理は得意だと、これまたどこかのプロフィールで見た記憶があったが、それも本当なのだろうとこうしたやり取りを見ていると実感する。
 今日も恐らくは仕事だっただろうに、帰宅して夕飯まで作るだなんて、どれだけマメな人なのだろう。カップ麺で済ませてしまう気満々だった私は、少しばかり見習うべきなのかもしれない。
「……一緒に暮らしてるんだよねぇ」
 リプライ先の相手。shinici0106。黒羽が時たまテレビで言う、『面倒を見てる奴』。
 今まではそれしかわからなかったが、ツイッターを見ていれば名前もわかる。IDを見てもそうだが、時たま黒羽が名前を呼んでいるのだ。新一、と。

 ―――@shinichi0106 オレが高校生の時はもっと食ってたぞ
 ―――@kaitokuroba オレが若い時は、ガキの頃は、って話すの、おっさんの証拠だよな
 ―――@shinichi0106 二度とオメーに飯作ってやらねぇからな

 紳士的とは程遠い口調にも、もう慣れた。違和感はあるけれど、それ以上に気になることがあるのだ。
 この『新一』というのは、一体何者なのだろう。疑問に思っているのは、私だけではないだろう。友人も同じことを言っていた。目下黒羽快斗ファンの間では、この疑問で持ち切りだと言っても過言ではない。私は黒羽ファンと言う程のあれではないけれど。
 一緒に暮らしている相手で、まだ高校生。わかっていることといえばそのぐらいだ。
 その二つの情報から推測すれば、兄弟なのかと思うのが普通だが、そういうわけでもないらしい。新一君は黒羽をお兄ちゃんなどとは呼ばないし、黒羽もいつだったか、一人っ子だと言っていた。自然と黒羽について詳しくなっている自分に、今更ながらに驚く。
「兄弟じゃなくて、でも一緒に暮らしてるって……」
 従兄弟か何かだろうか。けれど仕事を持った二十代の男が、高校生と一緒に暮らし、かつ面倒を見ているというのも何だか不思議な気がする。あまり普通ではないだろう。
「何なんだろうなぁ」
 どうにも気になる。
 さりげなく話題に出すくせに、一体新一君とどういう関係なのか、どうして一緒に暮らしているのか、その辺りの具体的なことを何も話してくれないからこそ、余計に気になって仕方がないのだ。ファン心理ではなく、ただの野次馬精神だとはわかっている。

 ―――@kaitokuroba 盗一さんに言ってやるから
 ―――@shinichi0106 盗一さんは今ラスベガスだよ、残念だな

「盗一さん?」
 見知らぬ名前だ。この新キャラは一体何者なんだろう。
「えー、二人で暮らしてるんだと思ったけど違うのかな……あ、でもラスベガスにいるって?」
 ラスベガス。また凄いところにいるものだ。私は当然行ったことなどない。とりあえずカジノのイメージしかない所だ。

 ―――@kaitokuroba 盗一さんいつ帰ってくるの?
 ―――@shinichi0106 知らねぇよ。本人に聞け

「だからだれなのー!」
 思わず声を上げて突っ込んでしまう。
 多分今、同じようにこのやり取りを眺めながら、そう思ってる人間が他にも大勢いるはずだ。kaitokurobaのフォロワー数はもちろん多いが、親しくリプライを交わすshinichi0106のフォロワー数も、毎日のように増えているのだ。一高校生のフォロワー数とは思えない程度には。
「だって気になる……」
 どれだけ雑誌をめくったところで、もちろん書かれているインタビュー記事は変わらない。
 この記者も、もう少し突っ込んだことを聞いてくれればいいというのに。彼女の有無なんて聞いたところで、馬鹿正直にいるだなんて答えるわけがないだろう。それをわかった上でのお約束なのかもしれないが。

 ―――@kaitokuroba あ、夕飯あれ食いたい。あれ
 ―――@shinichi0106 何だよ
 ―――@kaitokuroba あれ。キャベツと肉が重なってて、トマトのやつ
 ―――@shinichi0106 キャベツの重ね煮? トマトソースの?

「女子力高っ!」
 ささっとキャベツの重ね煮を作れてしまう男だなんて、まったく信じられない。旦那と言うか、むしろもう嫁に貰いたい。顔が良くてマジックができて料理も美味いって、本当に一人で何役こなすつもりなのだろう。いっそ腹立たしいにも程がある。

 ―――@shinichi0106 キャベツもひき肉も家にねぇじゃん。重てぇからやだよ
 ―――@kaitokuroba じゃあオレ駅まで行こうか

「仲いいなぁ」
 そう、こうして日々二人のリプライを見守ってしまう理由も、偏にそこにあるのだ。
 この二人はとかく仲がいい。黒羽快斗の素の一面を見たいという気持ちよりも、今となっては、この二人の微笑ましいやり取りを眺めたいという気持ちの方が強いのかもしれない。私の日々のささやかな癒しと言ってもいいだろう。
 小生意気な妹しかいないからこそ、余計にそう思うのかもしれない。私にもこんな風に、あれが食べたい何が食べたいと、可愛くねだってくる弟がいたら、どれだけ可愛がったことだろう。まあ私は料理はできないから、あくまで想像に過ぎないけれど。

 ―――@shinichi0106 おまえが来てどうすんだよ。キャベツ持ってくれんのか?
 ―――@kaitokuroba 応援する
 ―――@shinichi0106 応援されてもキャベツは重てぇんだよ!

「あー、もう、可愛い」
 二人のやり取りも可愛いが、新一君の発言がとかく可愛い。
 高校生の男の子だと思うから、余計にそう思ってしまうのかもしれない。単純と言うことなかれ。
 しばらくの間ツイッターに張り付いていたが、肝心の二人のツイートは、それ以上は更新されなかった。電車を降り、今頃はもう二人で買い物に向かっているのかもしれない。そうとしか思えなかった。
[13.02.18]