1.魔法使いの血統


「あー、オレも、魔法使いになれねぇかなあ」
 忙しいと言っているのに、今日も今日とて押しかけて来たこのハタ迷惑な探偵は、椅子にどかりを腰を下ろすなりそんなことを漏らした。
「無理ですよ」
 その言葉に対し、あっさりと快斗は答える。あまりにも間髪入れずに答えたためか、告げられた探偵は不機嫌そうにその眉を寄せた。
「……はっきり言うなよ」
「ああすみません。ですけど名探偵は曖昧な答えを返されるのはお嫌いかと思いまして」
「そりゃ嫌いだけどな。おまえの今の言い方、突き放すみたいな言い方だったぞ」
「ああそれはすみません」
「投げやりだな」
「いやそんなことは」
 投げやりにもなってくる。
 何せこちらは仕事の最中で、繊細さを要求される調合の真っ最中で、そんなところにノックもせずにずかずかと家に入りこまれたのだから当然だろう。
「っていうか名探偵。一応私の家の周りには結界が張ってあったかと思うんですが」
 いつもいつも、それを物ともせずに押しこんできてくれるのだ。もちろんそう強固なものではないとはいえ。
「魔法だって完璧じゃねぇ。きちんと探せば綻びがあるもんだろ」
「それはまぁ……人のやることなので。綻びと言う言い方はあれなんですけど。結び目というかつなぎ目というかそういうものはありますね」
「そこって力が弱いよな。他のとこは入れねぇんだけど、綻びのとこを足でこうぐいっとやると、何とか入れる」
「……なるほど」
 どうりで最近、庭で野良猫の姿をよく目にすると思ったわけだ。名探偵が広げてくれたその『綻び』から、平気で猫やその他の動物も入り込んできているのだろう。育てている薬草をダメにされるのが嫌だから、そういう意味合いでも張ってある結界だというのに。
 全くこの探偵は人の迷惑など顧みないのだ。
 その一方で、今日も人々からの依頼をこなしてきたのだろう。あちこちを走り回っていたのか、その髪は少し乱れている。
「人がわざわざ張った結界を、そうやって無駄にするのは止めて頂けませんかねぇ」
「また張り直せばいいだろ。減るもんでもねぇし」
「減ります」
「何が」
「私の魔力が」
「ああ」
 納得したように探偵は頷いた。そうしてごそごそと上着のポケットをあさる。
「ほれ」
「……何ですか」
 放り投げられたのは、ずいぶんと可愛らしい包みだった。甘い香りが漂ってくる。
「焼き菓子。パン屋で売ってたやつ。それ食って魔力補給しろよ」
「別に私の魔力の補給源は甘味ではないんですけど」
「でも食ったら元気出るだろ?」
 直接的なエネルギー源になっているわけではないが、確かに空腹では魔法は使えない。人間の身体の資本となるのはいつだって食べ物だ。そうして甘味は快斗の好物でもある。
「……ありがとうございます」
 ただでくれるというものを、断る理由もない。せっかくだからお茶でも入れようと、棚の上に置いてあったポットに腕を伸ばした。どうせ傍に人がいては、調合作業に集中することもできないのだ。
「名探偵も飲みますか」
「飲む」
「お菓子は」
「それはいらねぇ」
 手土産だからと遠慮をしているわけではなく、探偵はあまり甘味が好きではないのだ。食べれないわけではないようだが、自らすすんで食べようとは思わないらしい。三食甘味でもいいと本気で思う快斗には、全く理解ができない嗜好だ。
 沸いたお湯は、ちょうど調合に使ってしまっていた。タイミングが悪いと思いながらも、もう一度湯を沸かすことにした。
「なあ」
「何ですか」
「一瞬でお湯を出したりできるんだろ」
 振り返れば、まじまじと探偵がこちらを見ていた。どうして魔法を使わないのかと尋ねたいらしい。
「できますけど、普通に手を使ってもできるんですから、それなら普通に沸かせばいい話でしょう」
「せっかく魔法が使えるのに、使わねぇなんてもったいないと思わないのか?」
「そんなことに費やされる私の魔力の方がもったいないです」
 二人分のお湯なんてあっという間に沸く。火力を強めるために、ほんの少し魔法を使っていたりもするのだが、それをあえて探偵に告げる必要も無いだろう。
「でもさ、例えば、茶を飲むためにお湯を出したりするだろ」
「よっぽど急ぎでもない限り、そんなことに魔法なんて使いませんけど」
「よっぽど急いで茶が飲みたくなる時もあるかもしれないだろ。で、魔法でぽんと出すとする。そのお湯はどっからか持ってきた物になるのか? それともおまえがその瞬間に作りだした物なのか?」
 探偵の眼差しは真剣そのものだ。
 今後探偵が魔法を使うことなどまず無いだろうに、なぜそんなことが知りたいのかと不思議に思う。探偵は真実を、魔法使いは真理を追究するものではあるのだが、その二つは似ているようで全く異なる。それぞれ別の性質を持つものだ。
「そうですね、敢えて言えば持ってきた物になりますか。基本的に、何かを作り出すようなことはできませんよ。無から有を生み出すことはできません。この世の全ての重みは決まっているんですから」
「持ってきたって、じゃあ今どっかで茶を飲もうとお湯を沸かしてた奴のポットが、空っぽになってたりするわけか?」
 それではただの窃盗だ、と快斗は肩をすくめた。
「いえいえ、持ってきたと言っても、だれかの元から盗んできたわけではなくてですね……例えば水だったら、この空気中にもあるわけじゃないですか。それを集めて、加熱すればお湯になるわけで」
「なるほど。でもそれだと、水やお湯なんかは簡単そうでいいけどな。料理とか本とか、人間なんかはどうすんだよ」
「料理はまあ、同じ要領でできないこともないですけど……全てはイメージですよ。私がその対象を理解していれば、『持ってくる』こともできますが、そうでなかったらできません。なので本もそうですし、人間なんてもっての他ですよ。その場合は転移で、きちんと対象を決めて自分の手元に移動させるだけです」
「人間はまあそうか……でも本もできねぇのか」
 お湯も本も、一般人にとっては似たような物に思えるのだろうか。ただ単に、紙の束を出すだけなら簡単なのだが。
「内容も知らない本を、ぽんと持ってくることなんてできませんよ」
「じゃあ、内容を知ってる本だったら? 読んだことのある話だったら」
「読んだことはあっても、一言一句そのまま文章を覚えてるわけじゃないでしょう」
「そりゃまあそうか」
「それに第一、魔法使いがそうぽんぽんぽんぽん本を出していたら、本屋は商売あがったりですよ」
 思いついたまま付け加えて言えば、最後の言葉にこそ探偵は一番納得したように、深く「なるほど」と頷いた。最初からこう言えば良かったのか。
 ちょうどお湯が沸き、それをポットに移し替える。ふと思い、テーブルの上にカップを二つ出現させた。
「……今のは『持ってきた』わけじゃなくて、転移か?」
「そうです。どこでわかりました?」
「このカップ、見覚えがあるし。普通におまえが使ってるやつだろ。あと、ここの模様が掠れてる。そんなとこまで再現するわけねぇからな」
「よく出来ました」
 一般人相手に説明するのは面倒だが、相手の飲みこみが良ければ話は別だ。基本的にこの探偵は、一度快斗が話した内容を忘れることはないため、その辺りはまだマシと言えた。
 向かいの席に腰をおろして、二人分の紅茶を入れる。焼き菓子は、そのまま袋を開けて直接食べることにした。食べるのは快斗一人だし、今さら探偵相手に気を使うこともない。
「魔法使いと言っても、色々と制約があるんですよ。何でもかんでもできるわけじゃありません」
「制約って、どういう?」
「一言で言えば、世界のバランスを崩してはいけないとか、まあそういうことですね。この世界の質量は決められているので、それを変えることは禁じられているんです」
「それでも、魔法が使えたら便利だよな。オレも使えりゃいいのに」
「まだ言うんですか」
 冒頭の台詞を思い出し、快斗は肩をすくめながら紅茶を飲み、焼き菓子を頬張った。入っているナッツが何とも美味しい。
「制約が多いっつっても、オレら普通の人間からしたら、遥かに色んなことができるだろ」
「でも、あなたは探偵でしょう。鞍替えするおつもりですか?」
「バーロー。探偵やりながら魔法を使うんだよ」
「……魔法使い探偵ですか」
 あるいは、探偵魔法使いか。どちらにしてもくどい。くどすぎる。
「犯人を追ってる時なんかにさ。ちょっと魔法を使って足止めなんかできたら便利だろ」
「はぁ。そういうことですか」
 魔法使い自体に憧れているわけではなく、あくまでも探偵稼業の一環、その手段として、魔法を使いたいということなのだろう。
 何ともこの探偵らしい。内心で頷きながら、快斗は焼き菓子に手を伸ばした。
「でもまあ、どちらにしろ名探偵に魔法は使えませんから」
「……くっそー、何でだよ!」
「文句なら私じゃなく、ご両親に言って下さいね。魔力の有無は全て血統で決まりますので」
 両親か、あるいはその片方が魔法使いでもない限り、子供もまた魔法使いになることはない。隔世遺伝というのもままあるが、祖父母に魔力を持った人間がいたとしても、自在に魔法を操れる程の魔力を受け継ぐことはまずできない。
 そうして快斗は、両親ともに魔法使いの家系に生まれた。ありがたいことに、それはもう膨大な魔力を受け継いで生まれてきたのだ。
「何とかできねぇのか」
「できません」
「オレ、何でもするからさ」
「ですから、努力でどうにかなる問題ではありませんので」
「じゃあオメーの魔力ちょっと分けてくれよ」
「できませんよそんなこと。できたとしたってごめんですよ私の魔力が減るじゃないですか」
「ケチだなおまえ」
 そういう問題なのだろうか。
 結界を破られたことも許し、こうして茶まで振る舞ってやっているというのに、この探偵の態度の悪さはどうにかならないものなのか。雷でも落としてやろうかと思ったが、ここで落とせば快斗の家まで丸焦げになってしまう。それはダメだ。
「……血統か」
 カップを傾けながら、重々しく探偵は呟く。
 そればかりはどうすることもできない。可哀相だと思わないわけではなかったが、それ以上に快斗は奥歯の間に挟まったナッツが気になって仕方なかった。舌先でちょいちょいと突くが、まったくもって取れそうにはない。
「まあ今さら、生まれ直すとかは無理だからなぁ……」
「……そうですね」
「でもなー。こんな便利な技があるってわかってんのに、なのにそれを使えないって悔しいよな」
「大抵の人間は魔力なんて持ってないわけですから、まあそこまで気になさる必要もないかと……」
 あと少し。あと少しで取れそうだ。
 器用なのは指先ばかりではない。舌の動きだってそれなりなものだ。意識を舌先に集中させる。あと少し、あと少しで―――
「あ、ってことは、おい」
「……はい?」
「オレとおまえの子供だったら、魔法使いになれるってことだよな?」
「……ぶっ」
 ナッツは無事取れた。 
 取れたまま、勢いよく口から飛び出して行った。見たところ、けっこうな塊だった。もったいない、等と思っている場合ではない。
「……何を言い出すんですかあなたは急に止めてくれませんか呼吸止まりそうになったので」
「いや、単なる血統の話だって。魔法使いの親からしか、魔法使いの子供は生まれないってことだろ?」
「えぇまあ血統的にはそうですけど、あなたと私は男同士じゃないですか。生物学的に無理ですよ生物学的に」
「だから別に、子供が欲しいわけじゃねーって」
「だったら」
 例えでもそんなことを言わないで欲しい。呑気にお茶をすすっている、その横顔が憎たらしい。
「だって何かおまえ、心ここにあらずって感じだったからさ」
「だったから?」
「冗談で和ませてやろうかと」
「―――」
 お望み通り、今すぐ犯して孕ませてやるぞと、快斗は半ば本気でそう思った。
 快斗のそんな心の声など、もちろん聞こえるはずもない探偵は、手にしたカップをしげしげと眺める。目を丸くすると、とたんにその横顔は幼く見える。
「にしても、このお茶美味いな。どこで買ってるんだ?」
「……よろしければ差し上げますよ」
「え、いいのか?」
「はい。ですから」
 今日はとっととお帰り下さい。
 でないと調合作業が進まないばかりか、うっかり別の作業に夢中になってしまいそうなのだから。

...12.07.04
お題元 → [ロメア] 「魔法使いの10のお題」
とってもファンタジーなパラレルで。マジシャンと魔法使いって似てるなぁと個人的に。
快斗の気持ちに気づかずに、ずかずか一方的に押しかけてくる新一も可愛いなと思いました。