男同士のお付き合い


 好きになった相手が男だったのだからもう仕方ない。
 その手のことに全く偏見が無かったと言えば嘘になるけれど、立場が変われば意見もまた変わる。まさか自分が男を好きになるとは、そうしてその男と無事付き合えることになるとは露ほどにも思ってはいなかったけれど、つまりまあ現状はそうなっているのだから仕方ない。全てはなるようにしかならないのだ。
「黒羽、風呂空いたぜ」
「……おー」
 オレは高校生という立場の傍ら怪盗なんぞをやっていて、なのにそんなオレが好きになった相手は探偵だったりして、付き合うまでにはそれはもう色々な葛藤があったりしたのだけれどそんなことも今となっては懐かしい。つい数ヶ月前のことではあるのだけれど。
 オレの母親はちょくちょく旅行に出かけているが、それでも当り前だけれど家にいることもあって、そうして母親のいる家で恋人と二人過ごす居心地の悪さなんて想像するまでもないわけで。つまりオレが、現在一人暮らしを満喫しているこの工藤家に入り浸るのは当然の結果というわけなのだった。何せ工藤家は広い。無駄に広い。そんな無駄に広い家に今現在住んでいる人間は一人というのだから、何とももったいないことこの上もないのだ。
「冷めない内に早く入ってきちまえよ」
「……おう」
「何だ、眠いのか、オメー?」
「バーロ。まだ眠くなんかねぇよ」
 どちらかというとオレは宵っ張りな方だ。そうでなければ、とてもではないが深夜の仕事なんてできるわけがない。その分授業中に睡眠を取っているわけだけれど。
「ぼーっとしてるように見えたからさ」
 当り前だけれど、すっかりパジャマに着替えた新一は、肩にかけたタオルで頭を拭いている。何気ないそんな動作にも目を奪われて、ついでにこっそり唾なんて飲み込んでしまうオレは、間違いなく青春真っ盛りな青少年なのだった。
 だってそうだろう。
 好いた相手の、風呂上がりなんて姿を目にして、何も感じない奴がいたらそれは男じゃない。断言してもいい。
「……色々考えてたんだよ」
「次の仕事か?」
 さりげなく、けれど同時に油断なく目を光らせながら新一は問いかけてくる。まったく、そういう自分こそどれだけ仕事の虫なのだろうか。オレだってもちろん仕事のことは色々と考えてはいるけれど、新一ほどではないと思う。オレは怪盗であると同時に、この青春を思い切り楽しみたいとも思っているのだ。
「仕事じゃねぇよ」
「じゃあ何だよ」
「こうやって、オレが泊まりに来れるのも、オレが男だからなんだろうなーとか」
「どういうことだよ」
 現場ではあれほどの名推理を披露しているというのに、この名探偵は恋人の心情にはひどく疎いときている。わざとなのかと疑ってしまうぐらいには。
 推理とまではいかなくてもいいけれど、少し気遣ってくれてもいいだろう。少なくとも、オレの前でそんな無防備な姿を晒さないでほしい。暑いのは十分よくわかるけれど、オレだって家なら同じことをしていたかもしれないけど、そんなおもむろにボタンを幾つも外さなくてもいいだろう。ここにはオレがいるんだ。オレがいるんだから。
「……だからさぁ」
 鎖骨がくっきりと浮かんでいる。新一の場合、痩せているから余計にそう思えるのかもしれない。もっと肉を食わさなければと思う。
「オレはさ、今日も普通に、親には新一の家に行くって言って出てきたわけよ」
「あぁ?」
「でもさ、これが普通の男女の付き合いだったらそうはいかねぇだろ」
「ま、男の家に泊まりに行くっつー娘を、快く見送る親はいねぇだろうな」
「そゆこと」
 オレが素直に頷けば、新一は片手で頭を拭いたまま、あっけらかんとした表情を返してみせた。かっちりとした昼間のブレザーとは違い、パジャマ姿だからなのだろう、そんな表情がより一層無防備に見えて仕方ないのは。
「じゃ、オメーは男で良かったな」
 抜群の推理力を誇っているくせに、どうしてこの名探偵は時たまこうも鈍いのだろう。
 そう言って微笑みかけられたら、オレはとりあえず笑い返すしかない。そう、確かに男で良かったのだろう。そもそも男同士でなければ、オレ達の出会いは無かったのではないかとすら思える。あるいは、違う方向へ流れていたのではないかとか。
 男同士だからこそ出会い、こうして当り前のように泊まることだってできて。
 それに感謝こそすれ、文句などもちろん言えるはずもないのだけれど。
 だけど。だけど、である。
「あー。マジであっちぃ」
 ボタンをいくつか外した上に、裾部分から風を入れようとぱたぱたと動かすものだから、腹部が丸見えになって仕方ない。オレはさりげなく視線を反らした。
「……オメー、んなことやってると風邪引くぞ」
「あ? こんぐらいで引くわけねぇだろ」
「オレより体力ねぇくせに」
「体力バカなオメーと一緒にすんじゃねぇよ」
 男同士だからこそ、家に遊びに行くのも泊まりに行くのもごく当たり前のことで。
 でもオレらは決して友人同士なんてものじゃなくて、ふとした瞬間にキスをしたりするような、つまりそんな関係なわけであって。
 けれど、悲しいかな。当然のようにお泊まりをする間柄になったものの、オレはすっかりそのタイミングを逃してしまったのだ。いや、件の名探偵が、全くそれを意識していないからこそと言うべきだろうか。
「……弊害だよなぁ」
 男女のお付き合いであれば、お泊まりと言えばイコールそういうことになる。一歩進んだ関係に、ホップステップジャンプというわけだ。
「は? 何が弊害だって?」
「いやいや何でもありませんよ名探偵」
「急に怪盗口調になんじゃねぇよ」
 けっと新一は吐き捨てる。そうしたいのはオレの方だというのに。首筋とか鎖骨とか垣間見える臍辺りとか、そんなところからどれだけオレが自然に目を反らしていると思っているのだろう。ポーカーフェイスが上手すぎて、全く気づいてもらえないところがいっそ悲しくなってくる。
 本当に、これが普通の男女の付き合いであれば、もっと物事は簡単だろうというのに。
 新一は何も考えてなどいないのだ。初めてオレをこの家に泊めた時だって、オレが何気なしに「帰るのめんどくせぇな」と呟いたら「じゃあ泊まってけば?」と言ってくれた。一人暮らしかつ部屋なんていくらでも余っているとなれば、支障など何もないだろうことは明白だった。ただ単に男友達を泊めるノリだったのだろう。それから何度となくこうして工藤家に泊まらせてもらっているけれど、ただそれだけだ。一緒に夕飯を食べてテレビを見て、時たま映画なんかを見て新一は一人で本を読んだりもして、互いに風呂に入ってそうして寝る。部屋は別、もちろんベッドも別。艶っぽい雰囲気なんてあるわけもない。せいぜい一度キスができればいいところだ。
 まったくなんて、健全なお付き合いなことだろう。
 オレはちっとも、まったく、これっぽっちも、そんなことを望んでなどいないというのに。
「……あぁもう」
 思わず頭を抱える。空気が揺れたのがわかった。
「何してんだよ、オメーは」
「……色々と悩むことが多いんだよ。オレはオメーと違って青春を謳歌してるもんで」
「オレだって青春ど真ん中にいるんだぞ」
「オメーがいるのはいつだって事件現場のど真ん中だろ」
 普通の友達同士のように始まってしまったこのお泊まりを、どうすれば恋人のそれに変えることができるのだろう。
 いや、その前に、必要なのは新一に自覚をしてもらうことだろうか。オレはただの友達として泊まりに来てるわけじゃないということを。それはもう、毎回、虎視眈々とその機会を狙っているのだ。狙うだけで、実際には獲物に手を出すことなんてできていないのだけれど。怪盗キッドの名も形無しである、本当に。
「……何かなぁ。きっかけでもあればなぁ」
「何の話だよ」
「あー、予告状出すとか?」
「次は何を盗む気だよ」
 名探偵の貞操ですよ、とはまさか言えない。
 言ったが最後、蹴られるのか麻酔銃で眠らされてしまうのか。どちらにしろ遠慮したいところだった。
「……新一が欲しいなぁって」
 でもどうにも我慢ができなくて、貞操という言葉を飲み込んでそう言えば、新一はあからさまに「何を言ってるんだこいつは」といった表情を返してくれた。やっぱり、何もわかってなどいないのだ、この名探偵は。
「後でアイス食わせてやるから、早く風呂入ってこいよ」
 オレが今欲しいものは、そんなものではないのだけれど。
 でも、珍しくも頭をくしゃっと撫でてもらえば、そんな気分も少し収まる。我ながら現金なものだ。
「新一が食べさせてくれたりするわけ?」
 調子にのってそんなことを言ってみれば、頭を撫でてくれたばかりの手が、今度はぺしっと容赦のない力で叩いてくれた。
「オレがんなことすると思ってんのか、オメーは」
 ですよねー。
...12.05.25