「名探偵と一緒にプリクラを撮りたいんですけど」
と、駄目元覚悟で言ってみれば。
「おお。キッドの時ならいいぜ」
それこそ思いもしない返事が返って来て、黒羽は何も無いその場で躓きそうになった。もちろんそれこそ怪盗の意地にかけて、そんなみっともない真似は見せなかったが。
「……いやいやいや。ちょっとあの、工藤さん」
少しの沈黙の間に何とか平常心を取り戻し、鞄の中にあったペットボトル飲料で口の中を湿らせてから、黒羽はもう一度口を開いた。
「オレが言ったことちゃんと聞いてた? あの、オレは工藤と一緒にプリクラ撮りたいって言ったんだけど?」
「だから、オレはそれにちゃんと返事をしただろ。キッドの時ならいいって」
「いやあの、オレは今学校帰りに直行しててね? 普通に制服のままでね? 普通にあの黒羽快斗なんですけど」
「残念ながらな」
その返事はどうなのだろう。最早どこに突っ込めばいいのかわからない。
残念と言われようが何だろうが、黒羽にとってはこれが素の姿であり元の姿であり、怪盗キッドという存在の方がむしろイレギュラーな存在なのだ。それをもちろん、この探偵は理解した上で言ってくれているのだから性質が悪い。
「……オレとプリクラ撮るのは嫌ってこと?」
確かに黒羽だって迷いはしたのだ。
男同士でプリクラを撮るというのも、なかなかに際どい行為だ。市民権を得られていないとでも言うのだろうか。女子同士が撮るのはそれこそ当たり前の風潮だというのに、その性別が変わるだけでどうしてこうも敷居を高く感じるのかはわからない。この世は何とも男女差別に満ちている。
「嫌だなんて、オレは一言も言ってねぇだろ」
確かに探偵は、一言足りとも言ってはいない。
「撮るなら撮るで別にいいけど、その時にはキッドの格好してこいよオメーは」
「だから何で!? 何でそこでキッド!? 何でこのままのオレじゃダメなわけ!?」
「声がでけーよ」
ばれるぞ、と小声で工藤は呟く。
今は互いに学校からの帰り道で、少し離れた所には犬の散歩をしている老人の姿があったりして、その横を自転車に乗った他校の高校生が通り過ぎたりなんかもしていて。
工藤の忠告ももっともだった。二人きりなんてとても言えない。けれど逆に言えば、傍目にも学校帰りだろうとわかる制服姿の男子が二人並んで会話をしていたところで、まさかその片割れがあの月下の奇術師だとはだれも思わないだろう。油断をしているわけではないが、過度の警戒は逆に怪しまれることにもなりかねない。
「……何でだよ」
「あ?」
「だから、何で。何でオレと撮るのは嫌で、キッドならいいわけ」
それでも忠告を受けて声のボリュームを落とす。工藤は涼しげな顔で隣を歩いている。
「普通に考えてみろよ。男同士でプリクラ撮るとか……空しいだろ」
「いや、キッドも男だって知ってるよね、名探偵?」
「そこがまぁ、キッドなら話は別というか」
「差別っ!」
思わず声を上げれば、「うるせぇよ」と後頭部を叩かれる。大して痛くもないが、納得なんて到底できない。
「オレはダメでキッドはいいとか! ひでぇよ名探偵! そんなのってあんまりじゃねぇっ?」
「何がだよ。つーかな、逆に考えれば、キッドならいいって言ってんだから喜べよ!」
どっちもオメーじゃねぇか、と小声で囁かれる。
確かにそうだ。確かに、それはそうなのだけれど。
どこか納得のいかないこの気持ちは、目の前の恋人が、『黒羽快斗』には向けない輝かしい視線を、『怪盗キッド』には惜しげも無く向けると知っているからなのかもしれない。そこはそれ、探偵としての性と諦めるしかないのかもしれないが。衣装を変えただけ、自分は自分と、自信を持って言えない辺りがまた別の意味で虚しいのだ。
「……つーかさぁ。キッドならいいって言われても、オメー、オレにキッド姿でゲーセンまで行けって?」
「人の注目されんの好きだろ、オメー」
「観客の視線を集めるのは好きだけどな。悪目立ちするのが好きなわけじゃねぇよ」
万が一にでも、キッドがその辺りのゲームセンターに姿を現せたら一体どうなるのだろう。
自身のことだというのに、全く想像がつかない。世間に浸透したキッドの評判を見るに、警察に通報する輩はいないようにも思えるが、騒ぎを聞きつけた警察がほどなくして駆け付けてくるのは間違いないだろう。もちろんその間にプリクラぐらいは撮り終えることができだろうが、観衆を集めた中で、高校生探偵と名高い工藤新一と一緒にプリクラが撮れるものなのか。そもそもそんなことになれば、工藤自身が嫌がるだろうに。
「別に、わざわざあの姿のままゲーセンまで行かなくてもさ。オメーなら、すぐその場で早着替えぐらいできんだろ」
「あー」
そういえばそうだった。
バカ正直に姿を現さずとも、確かに撮ろうと思えば方法なんていくらでもある。
あるがしかし。
「いやだから、大前提として、オレは別にキッド姿でオメーと撮りたいわけじゃねぇんだっつの!」
「何でだよ」
「それはオレの台詞だけど!? 大体名探偵、キッドとプリクラ撮ってどうすんだよ! だれかに見せるのかそれ!?」
「それ言ったらオメー、普通に男同士のプリクラなんて方が扱いに困るだろ。キッド相手なら、まあ本物とは思われなくても、見せる分にはそれなりにネタとして面白いけどな」
「……ネタってちょっと」
確かに探偵としての工藤の立場を考えれば、間違っても怪盗相手と親しげにプリクラなんて撮れるわけもないのだが。
けれど、まごうことなき怪盗本人を相手にして、その言い方は無いだろう。れっきとした仕事衣装を、そこらのコスプレと同列に扱われるだなんてもっての外だ。
「……名探偵」
「ま、そういう人目につくのはちょっとな。男二人でプリクラってあんま聞かねぇし」
「オレらならさぁ、普通に兄弟とかで通る気もするし……」
「この年になって、兄弟でプリクラもねぇだろ」
いや、あるって! なんて主張しようにも、黒羽自身も一人っ子なのだから無理がある。
最初から確かに駄目元覚悟のお願いではあったのだが、それでも落胆せずにはいられない。とっくのとうに消えてしまったポーカーフェイスを、どうにかしようという気持ちにもなれなかった。
「……だからな、今度どっか遊びに行った時に写真でも撮ろうぜ」
「……へ?」
「写真なら普通だろ」
男同士でも、と。
名探偵は、恐らくそう言いたかったのだろう。
不自然なまでにその足が速くなった。瞬間撮り残されて、黒羽は慌ててその後を追った。
「ちょ、名探偵!」
「街中でそう呼ぶの止めろって」
キッドだった時の癖がどうにも抜けないのだ。何せ長いこと、ずっとそう呼んでいたものだから。
もちろん名前は知っていた。けれどその名前を、こうして自分が口にする日が来るとは終ぞ思っていなかった。人生というのはこれだから面白い。
「工藤」
言われたままに呼び直したというのに、それでも名探偵の足は止まらない。まるで逃げるように、早足のまま帰路を急ぐ。癖のない黒髪の間から覗いた耳が、常よりも赤く染まっていることに、もちろん気づかない黒羽では無かった。追いつかないように、半歩後ろを歩きながら、にんまりと口元が緩むのをどうしても止められなかった。
「……ばっかじゃねぇの」
あんなににべも無く、人の誘いを断ってくれたと思ったら。
その実、こうして一人で恥ずかしさを抱え込んでいるなんて。
それはもう、どうしようもない程に、可愛くて可愛くて仕方がない。キッドだったらいいと、そう言った名探偵の言葉に、どれほどの真実が隠されていたのかはわからないけれど。
「あー、工藤。ちょっさ、本屋寄ってってもいいか?」
「珍しいな」
驚いたように工藤が振り返る。確かに、この台詞を出すのはいつだって工藤の方だった。黒羽だって読書が嫌いなわけではないが、本の虫とも言えるような探偵相手には負けざるを得ない。
「この辺りで、日帰りできそうなとこでさ。何かテーマパークとか、観光地とかさ。そういうガイドマップ買って、一緒に見ようぜ。何かいいとこでもあったら、今週末にでも行けばいいしさ」
少し焦り過ぎただろうか。
言いながらも不安になって、けれどその不安を押し殺しながらに工藤を見つめた。クラスメイトにどんな誘いをかける時だって、こんな風に緊張なんてしない。当り前だ。こんな緊張を常日頃ずっと抱えていたら、とっくのとうに死んでしまうと黒羽は思う。
それぐらいの、緊張感を強いられる相手なのだ。さすがは名探偵と言うべきか。
「……まあ、名探偵の仕事が無かったら、だけどな」
沈黙に耐えきれなくなって、言葉を続けてしまった。居心地の悪さを察したかのように、工藤は小さく微笑んだ。
「いいぜ。どっか行くか?」
「マジでっ!?」
「おお。水族館とかいいな。あとはほら、海遊館とか」
「……名探偵、オレのこと苛めて楽しい?」
弱点なんてとっくのとうに知られている。尋ねた黒羽に、工藤は小さく唇の端を上げただけだった。畜生、と黒羽は内心で小さく毒づく。
「……行き先、オレが選んでもいいか?」
「好きにしろよ」
つい先ほどまで、耳を赤くしていたのが嘘のような余裕に満ちた笑みで工藤は答える。自分のそれと匹敵するような弱点が、工藤には無いことが悔しくてたまらなかった。かと言って、別段工藤の嫌がる顔や怖がる顔が見たいわけではないのだけれど。男心は複雑なのだ。
「ちょっと遠出してさ」
「おぉ」
「色んなとこで遊んでさ」
「あぁ」
「んで、写真いっぱい撮ろうな」
「オメーがキッドの格好してたらな」
まだ言うか。
本当に途中でキッド姿になってやるぞと、思いながらにまた別のことが気にかかった。工藤と遠出。この、名探偵と遠出と思えば。
「……殺人事件とか、何かのテロとかに遭遇しないといいよなぁ」
「言うなってそれ」
冗談にならねぇから、と。
名探偵から睨みつけるような視線が返って来て、黒羽は「悪い悪い」と片手で頭をかいた。
...12.06.04
そうして週末二人で遠出をした結果、案の定事件に巻き込まれて、「やっぱりー!」「…うるせぇな!」な快新が可愛いなと思います。