オレのボディガードは大変優秀な男だ。
朝起きてから夜寝るまで、それはもうつきっきりでガードをしてくれる。その優秀な働きっぷりにより、そのボディガードが来てからというもの、もちろんオレは傷一つ負ったことはない。もしかしたら、髪の毛の一本すら抜け落ちてはいないのかもしれない。そのぐらい優秀な男なのだった。
けれどこちとら遊びたい盛りの高校生、いくら相手が優秀なボディガードであろうと、四六時中つきっきりでいられたのであっては、いい加減嫌気も差してくる。というか、本当に二十四時間傍にいてくれるものだから、おちおちエロ本も開けない。何も発散ができない。さすがにトイレと風呂は一人で入っているが、その間もドアの向こうに立っているのだから、まさかそんな中で一人コトに及ぶわけにもいかず。
そんなわけでオレは逃走を図った。オレが今までそんな真似を見せたことはなく、逃走自体は簡単だった。オレはマジックが得意だったりするのでなおさらに。
けれど、相手もプロのボディガードだった。捕まるのもまた早かった。逃げ出した十分後には、オレはあっさりボディガードに捕まっていたのである。腕を引っ張られ家へと連れ戻される、その姿はさながら連行されていく犯人そのものだ。
「……どうしてこんな危ない真似をなさるんですか」
ボディガードの眉が小さく寄っている。これはけっこうご立腹なようだ。
「なぜオレの傍から逃げようとするんです」
「いやあ、その……」
「ご自身の立場がおわかりなんですか?」
「それはもう」
死んだオレの父親は世界的に有名なマジシャンで、一人息子であるオレにそれなりの資産を残してくれた。それだけでも色々と面倒なことにはなりそうなものなのだが、オレの父親はマジシャンの傍ら少し厄介な方面にも手を伸ばしていたらしいのだ。過去のその辺りを嗅ぎつけ、最近になって各方面からオレにも色々と火の粉が飛んでくるようになり以下省略。
とりあえず、まあ、オレが命を狙われていたり何なりだということには間違いが無いらしいのだ。オレはいつからハリウッド映画の主人公になったのだろう。その舞台が日本の江古田というのが何ともださくて仕方ないが。
「だけどさ、ちょっとさすがに息がつまるというか、ねぇ?」
見上げてできる限り可愛く言ったオレに、ボディガードは表情を緩めずに言った。
「酸素濃度が足りないようですか?」
オレの家はいつから空中都市になったんだ。
「ちっげーよ! おまえが! 四六時中傍にいるから! ずっとオレに付きっきりでいてくれるもんだから! だから息が詰まるつってんだよ!」
思わずオレは思い切り叫んでしまった。叫んでからとたんに後悔した。
何もこのボディガードが悪いわけではないのだ。仕事とはいえ、いや、仕事だからこそ、自分の責務を全うしているだけだというのに。
その辺りが何もわからない程の子供であれば、まだ楽だったのかもしれない。ボディガードという立場はよくわかる。オレがこの現状を受け入れればいい話なのだ。でも、オレの精神状態だってそろそろ限界だった。性欲的な意味でもだ。
「……あのさ、せめて家にいる間ぐらい、ちょっとは別の部屋に行っててくれるとかさぁ」
罰が悪く、視線を逸らしながら言ったオレに、ボディガードは小さく頷いて見せた。
「オレだってプライバシーに踏み込むつもりはありませんし、言って頂ければその際には部屋の外に出ていますよ」
「出てどこにいるわけ?」
「部屋の前にいます」
「……それじゃ意味ねーじゃん!」
ドア一枚隔てた向こうに人がいるとわかっていて、落ちついてエロ本など開けるものか。聞き耳を立てられているのだろうと思う分、むしろ同じ部屋にいられるよりも性質が悪い。
「……いい加減にしてくれよぉ」
一人きりの時間のまったく取れない生活が、こんなにも辛いものだとは思わなかった。自慰行為も好きにできない生活がこんなにも身を苛むものだとは。
「もうしばらくの辛抱ですから」
繰り返しボディガードはそう言う。その『しばらく』というのは、あと数カ月だろうか。それとも一年だろうか。こんな生活をいつまでも続けていたら、オレは聖人になるか枯れ果てるのどちらかだろう。どっちも嫌だ。
「我慢して下さい、快斗様」
しゃがみ込んだオレの視線に合わせて腰を下ろすボディガードは、まるで子供に言い聞かせるかのような口調だった。厄介な子供のお守だとでも思っているのだろうか。
「少しでも今の生活が過ごしやすいものになるよう、オレも心掛けますから」
ボディガードにあるまじき台詞だ。きっとこいつはいい奴なんだろう。オレは素直に感動した。感動してどうにかなるものでもないのだが。
「不満な点があれば仰って下さい。オレにできることがあればそうします」
「……あのさぁ、おまえも同じ男だから、わかってくれると思うんだけどさ」
そういえばそうだ。
オレだってだいぶ禁欲生活を強いられているが、それだけオレに張り付いているこのボディガードも、同じかそれ以上には禁欲生活を強いられているはずなのだ。仕事中だから、それともそんな気分にはならないのだろうか。いやそんな馬鹿な。
「はい?」
「だからさぁ……オレもさ、男だからさ。わかるだろ? ちょっと一人になって、こう、ゆっくりと、その……」
「あぁ」
クラスの友達と下ネタトークをするのとはわけが違う。
いつでも敬語を崩さないボディガード相手に、こんなことを話すのは到底気が引けた。けれど、察しのいいボディガードはすぐさま頷いてくれるから助かった。
「自慰行為程度でしたら、どうぞオレのことは気にせずして下さって構いませんよ。ただ、だれかを家に上げてのセックスはご遠慮下さい。いつ何が起こるかわかりませんので」
「あぁそうそう、セックスはダメだけどオナニーならいいって……だからおまえがいたらできねぇつってんだよ!」
「邪魔はしませんよ」
「存在が! 存在が邪魔なの! おまえ傍に人いて抜けるのかよ!? なに、見られてると興奮する性質とか? あぁだったら別に構わねぇだろけど、オレはそうじゃねーの! 一人でゆっくり抜きたいの! 心おきなく抜きたいの……っ!」
オレは一体、こんな夜中に何を叫んでいるのだろう。
まるで暖簾に腕押し。馬の耳に念仏。ボディガードとオナニー。
今のオレは、今までの十七年間の人生で一番情けない顔をしているのだろうと思ったら、何だか泣きたくなった。この世に自慰も好きにできない自由があっていいのだろか。いや、良くない。
「……お願いだってば、もう」
お願いだから、オレのことは少し放っておいて欲しい。
恥ずかしさと泣きたい気持ちと、息もつけない今の生活のストレスと、色々なものが一気に押しかかってきたようだった。
やっぱりオレに、ハリウッド映画の主人公級な生活なんて合わないのだ。だって映画の主人公には、必ず美人で胸のでかいヒロインがいて、けっこうな確立でエッチな思いをしているというのに。現実はこれだ。
「……そうですね。オレも別に、見られて興奮する性質ではありませんし、あなたの言うこともわかりますよ」
いつになく優しい声を聞いたと思った。
膝を抱えてしまったオレの頭を、ボディガードが優しく撫でてくれていた。
「……わかる?」
「オレも男ですから」
あっさりとボディガードは言う。淡泊そうな表情をしているが、実に悔しい程のイケメンだ。きっと女なんて入れ食い状態なんだろう。何て羨ましい。
「そうかそうか」
わかってくれたかと、本日二度目の感動を覚えたところで、ボディガードがオレの耳に唇を寄せてきた。
「だったら、こういうのはどうです?」
「はい?」
「見られているのは嫌なのでしょう? でしたら、オレが抜いてあげますよ」
「……はい?」
とんでもないことを言われた気がした。
普通なら馬鹿みたいに何度も聞き返すところなのかもわからないが、不幸なことにオレは頭の回転が人よりも良すぎるのだ。ついでに言えば記憶力も。
すぐ近くにある顔が、くすっと小さな音を立てて笑った。ついさっきは淡泊そうだと思った顔が、とたんに色を変えるから驚きだった。何だ、この男は。
「……オレだって長いこと子供のお守をさせられて、溜まってんだよ。それならフィフティフィフティだろ?」
何だ、というよりも。
「―――」
だれだ、この男は。
今までオレに見せていた、オレが見てきた、人の良さそうな笑顔なんてどこにもなかった。
狡賢そうな、抜け目が無さそうな、それでいてイケメンぶりは全く変わらない、それどころか増してすらいるような、とんでもなくずるい男の顔がそこにはあった。悪い男の顔が。
「……は」
文字通り、言葉を無くしたオレを一瞥してから、ボディガードはゆっくりと顔を離した。いつもの距離に戻った時、その顔に浮かんでいるのは、いつもの落ちついた表情だった。
「それはそうと、快斗様。今日のように抜けだされては困りますので、少し警護の方も強化しないといけませんね」
「は、なに……おま、さっきと言ってること違……」
「今晩からは、申し訳ありませんが同じ部屋で寝かせて頂きますね。今日のように、一瞬の隙をついて逃げ出されては困りますので」
「……はあ!?」
今までは監視カメラだけだったというのに。
いや、それだけでも十分すぎる程で、だからこそオレは好きにエロ本を開くことすらできなかったのだけれど。
「一緒……一緒って……!」
「やはり、快斗様の身の安全を第一に考えるのでしたら、常にお傍についているべきだなと思いますので」
「いや、だからってそんな……つか、さっきだって、おまえ、何言って……っ」
「あぁ、それでもまだ抜けだされるおつもりでしたら、二度とそうはできないようにさせて頂きますので」
くれぐれも、お覚悟を。
そう言ってオレのボディガードは、ちろりと唇を舌先で舐め上げた。
もしかしたらオレは今、自分で思う以上に、とんでもない身の危険に晒されているのかもしれない。
[12.12.04]
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【リライト】様より「カップリングパロディー」