▼ カップリングパロディー
   主人と使役獣 


 オレの目の前を、とんでもない炎が掠めていった。
「ちょ、ちょ…っ!」
 掠めていったというのは、何も言葉の綾ではない。文字通りオレを掠めていったのだ。その証拠に、オレの前髪の先はちりちりと燃えていた。
「おま……おま……っ!」
「危ないところだったな」
 ふう、と火の粉を吐きながら、言ったのはオレの使役獣だった。
 そう、確かにオレの使役獣なのだ。その使役獣の吐いた炎によって、オレは今殺されそうになっていたわけだが。
「……危ないところだったな、じゃねーよ! おまえな、オレを殺す気かって……!」
「何だよ、襲われてたのはおまえの方だろ。助けてやったんじゃねぇかよ」
「だからって、いきなり炎吐くやつがいるか!? しかも主人の目の前掠めるような距離で!? 危うくオレも焦げるところだったぞおい!」
「バーロ、オレがそんなミスするかってんだよ」
 とたんに人型に姿を変えた使役獣は、歩いてくるとオレの額を軽く払った。恐らくは、前髪の燃えカスでもついていたのだろう。何とも焦げくさくてたまらない。
「面倒な相手もいなくなったことだし、さっさと行くか」
「……あのなぁ」
「何だ、乗ってくか?」
 歩きださないオレを見て、使役獣はそんなことを言う。
 オレの使役獣は飛行タイプで、それは何ともありがたいのだが、少々その飛行は乱暴なのだった。こればかりは性格なのだろう。最初こそ喜んだものの、三回程乗った後で、オレはついに諦めたのだ。人間には何より足がある。
「……いい。歩く」
「そうかよ」
 使役獣はあっさりと頷き、オレの先を歩いていく。こら待て。仮にも主人を置いていくつもりかと、オレも慌ててその後を追う。
「新一」
 名前を呼べば、くるりと振り返る。
「何だよ」
「……オメーはな、もうちょっと状況を考えろ」
 旅に出てからというもの、一体オレは何度死にそうな目に合っているのだろうか。
 それもこれも、全てはこの使役獣の所為だ。所為だというのに、肝心のそいつはどこか誇らしげに胸を張った。
「おまえの危機的状況を、オレはその度に助けてやってるわけだよな」
「いやいやいや。オレのこの表情を見てそんな言葉が出てくることがまずおかしいだろ。使役獣なら使役獣らしく、少しは主人の顔色を伺えっての」
「さっきだって、十分に状況を考えておまえの身を助けてやったわけだろ」
「その所為でオレの大事な前髪が焦げたわけなんですけどね? オレがちょっとでも身動きしたら、オレ自身も丸焦げになってたわけなんですけどね? つーかもっとやりようが他にあんだろ! 敵をオレから離してから攻撃するとかさぁ!」
「めんどくせぇだろそんなん」
「オレの身の安全を少しは考えろっての……っ!」
 これだからいけない。
 なるほど、こいつはモンスターとしては優秀なのかもわからないが、使役獣としてはどうなのだろう。オレは果てしないまでに疑問を覚える。
「……最初の選択を間違った」
 旅に出るには、何より使役獣が必要だ。危険な道中、いつ何時モンスターに襲われるかなんてわからない。
 とりあえず目についたモンスターを、まずは捕獲して使役獣にしなければと、思っていたオレの目の前に現れたのがこいつだった。この近辺ではまず見かけることなんてない、銀色の翼を持った翼竜だ。知能も高い翼竜は、何を思ってかオレに興味を抱いてくれたらしい。
 それならと使役の契りを交わしたのだが、こんなにも手段を選ばない、粗野な竜だとは思いもしなかった。今のところオレはまだ怪我一つしていないが、それも時間の問題なのではなかろうか。焦げた前髪を掴んでそう思う。
「何つったオメー」
 先を歩いていた新一が、振りかえってオレを睨んだ。
 使役の契りを交わしたモンスターは、意思でもって人型に姿を変えることができる。今まで人間に出会ったことがないという新一の人型は、必然とオレに似ている。町に立ち寄る度に、一体何度双子に間違われていることだろうか。
「おい、今何つったんだよオメーはよ」
「……あのさぁ、そもそもそれが主人に対する態度? ねぇ、オレって主人なんだよね?」
「燃やされてぇの?」
 言いながら、風も無いというのに、新一の髪がゆらゆらと揺れる。元の姿に戻る兆候だ。元の姿の新一は軽くオレの数倍はある大きさで、かつ灼熱の炎を吐いてくれるのだ。とりあえず新一を怒らせたらオレの命はない。
「いやいや別に文句を言ってるわけじゃなくてね!?」
「最初の選択を間違ったって、それのどこが文句じゃねぇっつーんだよ。あぁ?」
「いやいやいやですから主人としてまだ経験の浅いオレがね!? いきなり翼竜である新一をね!? 使役することが本当分不相応だなってね……!?」
 全くそんなことは思っていないけれど。
 思っていないけれど、とりあえずオレのポーカーフェイスはその働きぶりを見せてくれたらしい。ふんと鼻から息をもらしつつ、新一は全身の気を落ちつかせた。髪が戻り、オレはほっと息をもらす。
「……ったく、オレがいなきゃ、オメーなんて今頃とっくに食われてんだぞ」
 歩き出しながら、新一がそんなことを言う。
「あー、そりゃ、この辺は危険なモンスターも多いけどさぁ……」
 けれどオレだって、何も無力なわけではないのだ。多少のモンスターであれば蹴散らす程度のことはできる。普通程度のモンスターであればだ。
「そうじゃねぇよ」
 オレの少し先を歩く新一は、そう言ってわざとらしいため息をついて見せた。
「おまえな、全然わかってねぇよ」
「何が」
「目立つんだよ、おまえ」
「……はあ」
 何がだろう。顔だろうか。確かにオレは美男子な顔立ちをしているとは思うけれど。
 いやでも、モンスターにもその容姿は効くのだろうか。オレから見れば、モンスターの美醜なんてよくわからないのだけれど。
「まあでも、美しさは罪というか、そればっかりはオレの所為と言うよりかも……」
「ンな目立つ気配を漂わせてな、放っておいて下さいって方が間違ってんだよ。どこのモンスターだってな、味見の一つや二つしたくなるっての」
「あーそうだよね味見の一つや二つ……ううん?」
「オレがいなかったら、オメーはもう三十回は食べられてるっての」
 わざとらしくため息をついて新一は言う。知能が高い使役獣程、人型になった際にも、より人間らしい態度をとるものだ。
 それにしたって、三十回は食べられているというのはどうなのだろう。オレは人生は一度きりなものなのだからして。
「目立つ気配って何」
 オレの問いに、新一は呆れたような視線を返すだけで、それ以上答えてはくれなかった。何て不親切な使役獣だろうか。
 ぜひとも訊きたいところではあるのだが、そうしてまた焦がされそうになってはたまらない。よって、オレは自分一人で考え込むことにした。とりあえず、幼い頃から人並み外れて目立つ子供であった自覚はある。性格故のものだろうと思っていたが、それは気配にも影響するものなのか。
「……もしかして、オレの気配が目立つものだから、新一もオレを見つけてたりして?」
 翼竜なんて、この近辺ではまず見かけないものだ。
 もしかしたらと思って言えば、ぎろりとした視線が返って来た。ただの男に向けられても怖くはないけれど、その正体が竜だと思えば話は別だ。オレはまだ焼き肉にはなりたくない。
「……いや、だって、もしかしたらなあって……」
 どうして一介の使役獣相手に、こんなにもびくびくしなければならないのだろう。やっぱり翼竜なんて使役するものではない。せめて他の使役獣でもいれば、まだ話は別なのだが。
 そう思いたって、今更ながらに「あぁ」と思った。
 そうだ、他の使役獣だ。どうして今まで気付かなかったのだろう。
「それはそうとな、次の町はどれだけ離れてるんだよ。そろそろ暗くなるし、このままじゃ―――」
「いや、今日はこのまま野宿しよう」
「はあ?」
 新一は怪訝そうな顔を向けてくる。新一にとって野宿は何でもないことでも、人間であるオレにとってはそうでないことを、もちろん理解しているのだろう。竜の知能は時に人間以上のものだとも聞く。
「正気かおまえ」
 もちろんオレだって、好き好んで野宿などしたくはない。けれど、モンスターが主に出没するのは、日が暮れてからの時間帯だ。オレはそれ以外の時間帯に襲われることもままあるのだが。
「夜になったらな、どんだけのモンスターに襲われると思ってんだよ」
「だからだろ。たくさんのモンスターが来りゃ、その中でオレが使役できそうなやつもいるだろって」
「……使役?」
「これからも旅を続けるなら、使役獣は多い方がいいだろ」
 もちろん旅の予算は限られているから、好きなだけ増やせるというものでもない。ないけれど、普通は二匹、三匹と使役獣を連れているものだ。
 あともう二匹でも、他の使役獣がいれば。できたら新一の火炎放射に対抗できるような、水を扱う獣がいい。となれば、川辺に向かうべきか。
「よし新一、川を見つけて、その辺りで野宿を……」
「……オレ以外の使役獣を見つけるって、おまえ、それ本気で言ってんの?」
 新一の声は低い。
「あ……」
 まずいかもしれないと、思った時には遅かった。
 顔を向けた時、オレの前に、オレによく似た青年の姿は最早無かった。
「新一……!」
 オレの呼び声も虚しく、新一は姿を変えて行く。いや、戻って行く。
 黒髪が消え、肌色が消え。瞬きをする間に、オレの前には翼を広げた銀竜が佇んでいた。少し翼を動かすだけで、風圧がものすごい。
 ころりと転がるように倒れ込んだオレの上に、すかさず新一は前足をかけてきた。鋭い爪先が、オレの喉元まで迫っていた。
「……新一! 新一、ちょっと待てって……おい、何を……!」
「―――オレ以外の獣を、使役獣にするって?」
 姿は変わっても、その声ばかりは変わらない。
 竜と人間の身体の構造はもちろん違う。だから今の新一は、別の力を使って人型の時と同じ声を発しているだけだ。実際にその口から言葉を発しているわけではない。
「……いや、だって」
 まさかオレを、本当に殺す気はないだろう。確かに使役の契りを交わしたのだ。使役獣にとって、その主人を失うことは、自身の身体をもがれるのと同様の痛みを伴うものだという。
 モンスターの中でも知能の高い、竜である新一が、そんな馬鹿な真似をするとは思えなかった。
 思えなかったが、その爪先は、変わらずオレの喉元にある。
「なにふざけたこと言ってんだよ、オメーは」
「……そんな、ふざけたって……旅を続けるんだったら、そんなの普通で……」
「オレがいて、他にどんな使役獣が必要だって言うんだよ。あぁ?」
 竜は万能な存在だと聞く。
 新一は恐らく炎を得意とするタイプなのだろうが、かと言って他の属性に弱いというわけではないのだろう。そもそも新一のあの火力を前にして、一体どんな相手なら勝てるというのだろう。これ程の強大な存在を前にして。
「新一……」
 息が苦しい。
 喉を絞められているわけではなくても、すぐそこに鋭い爪先が迫っていると思えば、自然と息はか細いものになってしまった。その分激しく心臓が動く。胸を突き破りそうな程には早く。
「オレを傍に置きながら、他の奴も使役しようだなんて、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
 竜のプライドに、もしかしたらオレは触れてしまったのだろうか。
 まったく、こんなことなら、旅に出る前に竜について少しは学ぶべきだった。まず使役獣になんてならない存在であるから、学ぶ機会なんて無かったのだ。
 長い口から、覗く牙は大きい。その気になれば、オレを殺すことなんて、きっと造作もないことなのだろうとわかってしまう。一体本当に、なぜ新一はオレの使役獣になったのか。そうしてオレは、なぜその使役獣に圧し掛かられているのか。
「……他の使役獣なんて、置こうものなら、どうなるかわかってんだろうな」
 新一の顔が近づく。
 吐く息が、オレの前髪を激しく揺らした。濃厚な獣の匂いがした。
「―――」
 新一が少し、その息に力を込めるだけで。そう思うだけで、オレはとたんに丸焦げになってしまうのだろうとわかる。
 息はもう、苦しいなんてものではなかった。
「……っ」
 身体から重みが消える。
 新一が足をどかしたのだ。その瞬間に、オレは激しく咳き込んでいた。
 息を満足に吸うこともできない。吸いたいと身体は思うのに、酸素を取り入れたいと思うのに、身体がまるでそれを拒否するかのように咳がこぼれる。その合間に息を吸う。地面に転がったまま、オレはしばらくの間空気を吸うことにだけ夢中になっていた。指先が痛かった。
「……快斗」
 指先だけではない。
 痛いのは身体中だった。
 転がった時にぶつけたのか。あるいは、新一に圧し掛かられた痛みなのか。何にせよ、しばらく旅には影響が出ることだろう。
「快斗」
 抱きかかえられていると、気付いたのはしばらく経ってからのことだった。新一が、人型になっていた。オレの顔を覗きこむ目は、心配げな色に満ちている。
 だれの所為で、オレが今こんな目にあっているかわかっているのだろうか。竜の知能が高いというのはデマカセだったのだろうか。そう言ってやりたくてたまらない。一歩どころか半歩間違っただけでも、オレは今頃あの世行きだったろう。
「……おまえを殺したくない」
 一体どの口がそんなことを言うのか。
 声が出るようになったら、真っ先にそう言ってやろう。今のオレの口からは、鈍い咳しか出てこない。
「頼むから、オレにおまえを殺させるんじゃねぇよ」
「……な、に、を……っ」
 何を言っているのだろう。
 そんなことを、あろうことか主人に吐く使役獣なんて、聞いたこともない。こいつが吐くのは、あの灼熱の炎だけで十分だ。
「頼むから」
 今オレを殺しかかった翼竜が、今度は懇願するようなことを言う。
 酸素が頭に行き届かない今のオレには、この状況をまともに判断することもできない。ただわかるのは、どうにも厄介な相手を、オレは初めての使役相手に選んでしまったらしいということだ。
 こりゃあ使役関係の解消なんて言い出した日には、オレは一瞬で黒こげにされているのだろう。
「……何でだろうなぁ」
 そう呟いたつもりだが、やっぱりオレの言葉は声になってはいなかった。
 これから先の旅に、暗雲が立ちこめる予感しか覚えることはできず、オレは思わず遠くを見つめたのだった。
[13.01.16]
お題元【リライト】様より「カップリングパロディー」