狼さんには気を付けて
自分で言うのも何だけど、オレはとんでもなく恋人に愛されてる。
愛されている上に大事にされているし甘やかされてもいる。本当に自分で言うのも何だけど、まあオレが可愛いから仕方ないのだろう。何せオレは今年でやっと十四だ。ぴちぴちの中学生だ。対してオレの恋人はぴちぴちの二十四歳だ。これで可愛く思わないわけがないだろう。
「ほらよ、快斗。これが欲しかったんだろ?」
そう言ってある日新一が差しだしてきたのは、オレが数日前にねだったばかりのシューズだった。これがもうとんでもなくかっこいい。かっこいいからオレは新一にねだったのであって。
「わーいわーい! ありがとう新一! わーい大好きー!」
オレは喜び勇んで駆け付けた。駆け付けたまま、オレへのプレゼントを受け取ろうとした。でも、オレが受け取る寸前で、新一はそのシューズをひょいっと持ち上げてしまった。
「……新一」
オレの恋人は背が高い。
対してオレは、将来的にはもちろん新一に並ぶ長身になる予定だけど、残念ながらいまはまだ中学生だ。成長途中だ。決して低いわけではないけれども、とにかく成長途中なのだ。
「……ねぇ、何でくれないの?」
「これ、欲しいか?」
「欲しくなかったらねだらないんですけど」
何のためにねだったと思っているんだろう。
新発売のそのシューズ。自分で買おうと思ったら二月分の小遣いが丸々吹っ飛んでしまうし、誕生日でもクリスマスでも無いのに、母さんに頼んだところで買ってくれるわけもない。靴が欲しいなんて言ったら、その辺のスーパーで売ってるような、とんでもなく安くてそれ以上にとんでもなくダサイ靴を買ってくるのがオチなんだから。新一と同じぐらいにオレに甘い親父は、タイミングが悪く海外ツアーの真っ最中だ。
となれば、オレが取れる手段なんて一つしかないわけで。
「そうかそうか、欲しいか。そりゃ、仕事の合間に買いに行った甲斐があったってもんだな」
新一はにやにやと笑いながら言う。
オレが生まれた時からの付き合いだけど、多分こいつはとんでもなく性格が悪い。テレビで見る好青年面がまるで嘘のようだ。オレは純情な子供だから、うっかりこいつに騙されてしまっているのだろうか。十分にありうる。
「何が言いたいんだよ」
「これを買ってやるにあたって、一つ約束しただろ、快斗?」
「……えー、何か約束したっけ。オレ忘れちゃったー」
とりあえずとぼけて見ることにする。新一は表情を変えずに、ますますオレからシューズを遠ざけた。何て大人げない。
「じゃ、このシューズはいらないってことで」
「何でだよ! つーか、オレにくれないでどうすんだよ、新一はけねぇだろ!」
「いやいや、ある日オレの足が小さくなってるかもしんねぇし」
「ねーよ!」
新一はにやにやと笑ったまま、ソファへと腰かけた。足元にシューズを置く。どう見ても、新一の足のサイズには合わない。オレの足にぴったりのサイズだ。
どれだけ大人げない男なのだろう、こいつは。オレは大人になっても、新一みたいにはなるもんか。親父みたいになってやる。
「ほら、快斗」
そう言って、オレに大人しくシューズを渡してくれるならいいのに。
新一は、座った自分のひざをぽんぽんと叩く。
「これを買ってやったら、膝に座ってキスしてくれるって約束だったろ?」
「……うーわー」
その記憶は確かにオレにもある。数日前にそんな約束を交わしたのだ。何でって、それはもうこのシューズが欲しかったからで。もちろん今だって欲しい。とんでもなく欲しい。これを履いたらオレのイケメン度がさらにアップすることは間違いない。
「快斗」
名前を呼んで見上げながら、新一はにやにやと笑い続ける。いますぐ警察からの呼び出しがかかって、そのシューズを置いて事件にすっ飛んで行ってくれないだろうか。でも、今に始まったことではないが、こういうオレの望むタイミングでは、絶対に新一の携帯は鳴らないのだ。世の中はそう上手くはいかない。
「おまえ、自分がした約束も守れねぇってのか?」
「……いやだってさぁ。キスはいいとしても、膝に座るとか意味わかんなくね? オレ幼稚園児じゃねぇんだけど。つーか、男膝に乗せて楽しいわけ?」
「男を膝に乗せるのが楽しいっつーか、恥ずかしがるおまえを見るのが楽しいな」
「……変態」
「おまえ、仮にも恋人に対して変態はねぇだろ変態は」
これを変態と言わずして、何を変態と言うのだろう。
まだ中学生のオレを好きだと言ったり愛していると言ったり、あろうことか隙あらば押し倒してくるような奴だ、割と常から変態属性の入った奴だとは思っていたが。
「あのな、快斗。おまえも男なら、一度交わした約束ぐらいちゃんと守ったらどうなんだよ。……ま、ガキが約束を破るのは仕方のねぇことかもしれないけどな」
何だと。
仮にも恋人に対して、ガキだなんてのたまうのか、この男は。何て奴だ。
「オレはガキじゃねぇぞ! 一度した約束を破るもんかよ!」
膝に座るぐらいが何だと言うのだ。よく考えてみれば、今まで何回も何十回も、もしかしたら何百回も乗っているではないか。新一なんてただの椅子だ、椅子。
そう決めて、えいやっと膝に座りこんでやった。座り心地があまり良くはない。マホガニーの椅子ぐらいになってみたらどうなのだ。座ったことなんてないけれど。
「ほら、これでいいだろ! ちゃんと座ったろ! 満足だろ!」
「……おまえなぁ」
「何だよ、これ以上文句があんのかよ! 座ってんだろ! これ以上どう座れっつーんだよ! お手本見せろよおまえ!」
「いや、文句っつーか……だってなぁ、おまえ」
「何だよ! 何だよ!」
「だって快斗、おまえ、顔真っ赤」
「……なっ」
ぱくぱくと、オレは口を動かすしかなかった。新一はにやにやを通り越した、にやけきった顔でオレを見上げている。その膝に座っているから、オレの方が少しばかり視線は高い。
「可愛いなあ、おまえ」
「……うっせぇよ! この変態!」
「ンなこと言っても、結局オレのことが好きでたまらない辺りが可愛いよな、マジで」
「好きじゃねーし! おまえが勝手に、オレのこと好きだの何だの……!」
「マジで可愛い。食っちまいてぇな」
こいつが言うとシャレにならない。慌てて膝から降りようともがいたが、新一の腕がそうはさせてくれなかった。オレの腰をしっかりと押さえている。
「新一!」
「バーロ。いつお袋さんが帰ってくるかもわかんねぇのに、さすがにここで押し倒したりするかよ」
それってつまり、オレのお袋が今日帰ってこないとわかっていたら、まんまと押し倒されていたということだろうか。恐ろしすぎる。
「じゃなくてな、まだ約束は終わってねぇだろ」
その約束を果たすまで、拘束は解かれないということだろうか。こいつは探偵よりも警官になるべきじゃないのか。いや、ショタコンの警官なんてそれはそれで嫌だけど。
「……ほっぺでいい?」
駄目元でオレは尋ねてみる。新一は肩をすくめた。
「オメーがガキならそれでもいいけどな」
こいつは、オレをガキだとからかえば、何でも言うことを聞くとでも思っているんじゃなかろうか。
まったく、どこまでも馬鹿にしやがって。
「ちゃんとキスぐらいできるんだからな!」
その襟元をぐいっと掴んで、オレは自ら顔を近づけた。直前まで、からかうように笑っているその顔が何とも憎たらしい。まんまと策にハマってしまっている自分も憎らしい。
きちんと閉じられていた口に、オレは自分のそれを押しつけた。男同士がどうかしている。我ながらそう思う。でも、好きだと先に言ってきたのは新一の方なのだから。オレはまだ純粋な子供だから、性質の悪い大人にうっかり騙されてしまっているだけなのだ。そうに決まっている。
「……これでいいだろ」
仕事に出かける父親に、行ってらっしゃいとキスをすることは普通なのに、どうしてその相手が新一に変わっただけで、こんなにも緊張するのだろう。
「おまえなぁ。キスっつーんなら、せめて舌ぐらい入れろって」
「し…っ」
「あ、それともあれか? キスすると子供ができるとでも思ってんのか?」
「ばっ、バーロー!」
男同士で子供ができないこなんて、もちろん知っている。男女の場合は、ちょっと、小学生の頃までは、そう思いこんでいたことも無くは無かったけれど。
顔が真っ赤なことなんて見なくてもわかる。熱すぎて、今にも火を吹きそうなぐらいだ。もういっそ、発火でもしてくれないものだろうか。逃げたい。この場から逃げ出してしまいたい。
「ンとに、可愛いなおまえは」
「……うっせ。子供だって馬鹿にしやがって」
「してねぇよ。今のままのおまえを愛してるっつの」
それもどうなんだ。
今のままって、子供のままのオレでいいのだろうか。こいつは本当にショタコンなのか?
微笑みながら、新一はオレにキスをする。かき分けた額と、頬を、それから辿るようにして唇に。触れるだけのキスには変わらないのに、離れる瞬間に下唇をちゅっと吸われた。驚いて、オレは思わず目を見開いた。すぐ間近で新一が笑った。
「……あー、だから頼むから、早く大人になってくれよな」
今のままでいいと、本気で思っているわけではないらしい。いや、この場合の本気と言うのは。
「さすがに中学生に手ぇ出すのは犯罪だしな。早く卒業しろよおまえ」
「……あのさぁ、未成年に手を出すことが、まず犯罪なんですけどー?」
せめて高校卒業まではとか、そのぐらいのことが言えないのか。
呆れながらにオレがまじまじと見つめれば、新一はふんっと鼻から息を漏らしながらに言ってくれた。
「美味いご馳走前にして、いつまでも礼儀正しく待っていられるほど、オレは躾の施された犬じゃねぇんだよ」
言って、オレの首筋をべろりと舐める。犬どころか、オレの恋人はまるで飢えた狼だ。なんてことだ。
そう簡単に、食われたくはねぇんだけどなあ。どうしたもんだろう、こいつ。
...12.11.09
別バージョンの年の差で。大人な工藤さんもいいけど、快斗を食べたくて仕方ない工藤さんもいいなぁと。
あと、14ていう年齢が好きです。13でも15でもなく14。すごく犯罪ちっくなこの年齢が好きです。