GWに地元に帰ってきました


 改札を出て、かろうじて西口と東口にだけは分かれている、そんな出口の一つをくぐれば、懐かしい地元との再会だった。
「……ったく、相変わらず何もねぇとこだな」
 そこがいいのだと両親などは言うが、生憎と工藤にはいまだその良さは分かりそうにもない。何せここにはまともな本屋の一つすらないのだから。それはいけない。
 故郷の本屋には何一つの期待をしていないから、工藤は予め翌朝に、実家宛てに本を届くよう手配していた。全てもちろん新刊だ。このGWは、実家に引きこもって読書三昧としゃれこむのだ。
 そう思えば、少しは足取りも軽くなる。荷物を抱え直して、工藤が歩き始めた時だった。
「新一! 新一新一ーっ!」
 懐かしい声が聞こえた。
 と、実感に浸る間もなかった。
「ぐえっ」
「わーん新一新一! 会いたかったー数カ月ぶりー会いたかった会いたかったー!」
「おまっ、快斗……いきなり何すんだって……」
「わーんだってー。久しぶりだったからー!」
 ぎゅうぎゅうと快斗は抱きついてくる。抱きついてくるといえば聞こえはいいが、相手は同い年の男だ。めいっぱい力を込めて首に抱きつかれようものなら、それはもう絞められているも同然だ。
「だから、快斗、おま……っ!」
 苦しい! と叫びかけた工藤は、もさもさとした快斗の頭越しに、これまた懐かしい顔ぶれを見た。
 男が数人。もちろん知らない顔もいるが、知った顔もある。高校の同級生だ。知らない顔は、快斗の大学での友人だろうか。
「んねー、新一くーん」
「……何だよ」
 抱きついたまま、耳元で快斗は囁いてくる。といきが耳朶にかかり、思わず工藤は顔を赤らめた。
 例えその後の展開が読めていたとしてもだ。
「あのね、一生のお願い」
 一体何度、その台詞を聞いたことだろうか。
「お金貸して?」
「……オメーな」
「持ち金足りなくなっちゃいましてー。会計の時に気づきました。今何とか友達に立て替えてもらったところなんですが」
「友達に借りるのもオレに借りるのも一緒じゃねえかよ」
「えー、それは違うでしょ?」
 囁き声は続く。耳朶にかかる吐息は、常よりもだいぶ熱い気がした。これはまずいと思う。いつしか締め付けるようだった腕の力は緩み、まるでしな垂れているようにも見えた。かなりまずい体勢なのではないかと思ったが、きっと周囲の人達からは、ただの酔っ払いだと思われていることなのだろう。それで良かった。
「……だって新一は、オレに惚れてるんでしょ?」
「……快斗」
 至近距離で、にやにやと快斗は笑うのだ。
 意地の悪い笑みだった。それ以上に、そんな笑みが、どうにも魅力的なそれに思えてしまう自分自身がおかしいのだろうと、工藤だってわかってはいるのだ。
 ため息をもらすと同時に、荷物を床に置き、ジーンズから財布を取り出していた。五千円札を黙って渡せば、すぐさま奪うように受け取った快斗はすぐさま回れ右をしていった。余韻も何もない。
 釣りを受け取っているらしい快斗の姿を横目に見てから、工藤は静かに荷物を持ちあげた。友人の一人が「おい、工藤!」と呼びかけてきたが、「またな」とだけ答えて足を進めた。
 家までにはそれなりの距離があるか、歩けない程ではない。荷物だってさほど重たくはないのだ。
「待てってば、新一!」
 後ろから快斗の声が聞こえる。
 それをわかりながらに、工藤は早足に歩き続けた。


「田舎暮らしって、一度してみたいのよねぇ」
 なんてことを言い出したのはもちろん母親であり。
「あぁ、いいね。静かな土地なら私も原稿がすすみそうだ」
 と賛同したのは父親であった。
 そうして当時小学生であった工藤一人が、いくら東都に残りたいと希望しても叶えられるはずもなく、半ばむりやりこの土地に連れられてきたのが、今から十年と少し前のことだ。
 田舎暮らしがしたいと母は言ったが、今の工藤が考えても、ここは言う程の田舎ではないような気がする。自宅から徒歩圏内にコンビニはあるしスーパーはあるし病院はあるし、もちろん小学校から高校までも一通り揃っている。
 恐らくは利便性を考え、これ以上の田舎にひっこむことはしなかったのだろう。母は買い物が趣味なようなところがあるし、父の担当にしたって、山の麓のド田舎などに引っ越されてはたまらないだろう。
 ここだって、少し車を走らせれば、辺りには田んぼと畑が広がっているような土地だ。電車の本数も少なく、若者が遊ぶ場所と言えば、駅前のカラオケぐらいしかない。東都とはまるで大違いだった。何とも中途半端な土地に思えたが、両親はこの土地をこれはこれで気に入っているようだった。
 そんな土地で、幼かった工藤は一人の少年と出会った。
 近所に越してきた工藤家の姿を、野次馬よろしく快斗が覗きに来たことが、二人の出会いだった。
 同い年で近所とあれば、それだけで幼い子供が仲良くなるには十分な土台が揃っていたのだろう。その上不思議な偶然で、二人の顔立ちは似通っていた。双子だと言っても通じるその顔立ちには、両家の親もそろって驚きを見せた程だ。
 似ているのはそれだけでなく、幼い少年は二人とも頭の回転も速かった。他のクラスメイトとは到底交わすことができないであろう大人びた会話も、快斗相手ならテンポよく楽しむことができた。快斗も同じだったのだろう。意気投合するのに時間はかからなかった。
 小学校から高校までを、快斗とは一緒に過ごした。
 学校なんてろくに選べる土地ではなかったから、当たり前のように高校までを一緒に過ごした。けれど大学となればそうはいかない。
 快斗はそのまま生まれ故郷に留まった。将来はマジシャンになりたいと言う快斗にとって、学歴はさほど重要ではないのだろう。それよりも父親の元で、マジックを習い続けることの方が大事だったのだろうとわかる。
 工藤は東都の大学を受験し、見事合格を果たした。合格の知らせを聞いて、快斗もまた喜んでくれた。嬉しかったが、同時に複雑な心境でもあった。
 飛行機ならすぐの距離だ。いくらでもネットが繋がるこの時代、距離なんてさほど問題ではないような気もする。
 それでもやはり生活は変わるのだ。これは何かの節目のようにも思えた。だから引っ越しをする前、高校を卒業し何日かたったある日、工藤は告げたのだ。
 
 ずっと好きだった、と。


「なあ新一、待てってよ! 何で置いてくんだよ! ひっでえなあ、数カ月ぶりに会ったっつーのによぉ」
 待てと言いながらも、難なく快斗は追いついてくる。足の長さは同じなのだから当然だ。相手は可愛らしい女の子ではない。
「正月ぶりだよな。おまえ、春休みにも帰ってくるって言ってなかったか? オレ楽しみにしてたのにさー。東都にさ、最近有名なケーキ屋があってさ、そこのチーズケーキがすごい美味いっていうから、それ土産に買ってきてもらおうと思ってたのにさぁ。何だよおまえ、帰れないなら帰れないって、あらかじめ連絡くれりゃあ、オレだって楽しみに待たずに済んで―――」
「快斗」
 名前を呼べば、何かを感じ取ったのだろうか、ぴたりと快斗は口を閉ざした。
 頭は悪くないのだ。だからこそこうまで付き合いが続いたとも言える。
「言いたいことはそれだけか」
 ちらりと横目を向けながらに言った。夏はまだもう少し先だというのに、タンクトップに半袖のパーカーという、何ともラフな格好をしている。こいつは一体、夏になれば何を着るつもりなのだろうか。
「今日の土産はなに?」
 にこにこと笑いながらに快斗は言う。その鼻を思い切り工藤は摘まんでやった。
「ぎゃんっ」
「てめえの関心は土産だけか、えぇっ? 久々に会えた幼馴染に対する喜びや感動は何もねぇのかよっ!」
「久々たって正月ぶりなんだから別に……わー、嘘です嘘です! さっき会いたかったって言ったじゃーん感激のあまり抱きついちゃったりもしちゃったじゃーん」
「ありゃあ金貸してもらうための演技だろうが!」
「えー、オレを疑うなんてひどーい」
 しくしくと、快斗はこれまたわざとらしい泣き真似を披露してくれたが、工藤はそれにふんと鼻を鳴らして答えた。
 演技だとわかっていても、耳元で囁かれ、一瞬でもぐらりと来てしまった自分が情けなかった。所詮は惚れた弱味だ。仕方のないことなのかもわからないが、それにしたって、よりによってどうしてこんな厄介な奴に惚れてしまったのかわからない。
 恋心を自覚したのは、高校二年の夏だった。
 何か特別なきっかけがあったわけではない。そこまで育つに育った恋心が、ある日蓋をしきれなくなっただけなのだろうと工藤は思っている。
 同性に惚れるというのは厄介だ。だれに相談することもできなければ、快斗は平気で工藤の前でも服を脱ぐのだ。勘弁してくれと、一体何度叫びそうになったことだろうか。
「それにしてもさ」
 泣き真似は早くも終わったらしい。
「今日帰ってくるなら、もうちょっと早く帰ってくりゃいいのにさ。そしたらおまえもあいつらと一緒に飲めたのに」
「大学の集まりだろ」
「でも、同じ高校の奴らもいたろ」
「……いいって、そこまでして会いてぇ奴らでもねえし」
「じゃあ何で帰ってきたんだよ」
 隣を歩きながらに、快斗はそんなことを尋ねてくる。
 鈍感だとは思っていない。この手のことにおいて、むしろ日頃鈍感だと言われるのは工藤の方だ。そんな工藤とは逆に、快斗は空気を読むことに長けている。それは今も変わっていないはずだ。
 だからこれは、そう。鈍感なわけではない。ただ意識をされていないだけなのだ。そうわかって眩暈すら覚える。
「……おまえに会うために決まってんだろ」
「へっ?」
「おまえに会うために、オレは長期休暇の度にわざわざこんなとこまで帰ってきてんだよ」
「……あー。そうだったの。そうだったんだ。へぇ」
 ふむふむと頷く快斗は、本当に今まで気づいていなかったのだろうか。
 どこまで意識をされていないのだと、考えれば考えるだけ悲しくなるだけだとわかっていたが、言わずにはいられなかった。
「そうじゃなかったら、何でオレが金と時間をかけて、親もいねぇ何もねぇこんなところにわざわざ帰ってくると思ってんだよ」
「新一、東都に友達いねぇのかなって……」
「バーロ!」
 社交的な性格をしているとは、自分でも思わない。けれど度々帰省をしたくなるほど、そこまで人恋しくなっているわけではない。
 そう、人恋しいわけではない。快斗が恋しかったのだ、なんて。
 報われない片思いだとわかっている。それでも会いたさにせっせせっせと帰省する自分は、何て健気なのだろうか。健気すぎて泣きたくなる。
 毎度毎度、工藤が帰省すれば必ず顔を出してくれる快斗の、その目当てが例え土産だとしても構わない。喜ぶ笑顔が見られれば、それで構わないのだ。
「あー、そっか。そうだったのかぁ。ふーん」
 初めて知った真実を噛みしめるかのように、快斗は頷き続けていた。
「やっと理解したのかよ」
「うんうん、したした。で、ついでに聞くけど、さっきは何で機嫌悪かったわけ?」
 オレのこと置いてちゃってさ、と。
 置いていかれたことを、どうやら快斗はずいぶんと根に持っているらしかった。快斗は友人と一緒にいたのだし、厳密に言えば工藤が置いていったことにもならないと思う。次の店に移動するかどうかも、工藤にはわからなかったのだ。
「別に悪くねぇよ」
「はいはーい。幼馴染にそんな嘘が通用すると思ってるんですかー?」
「……」
 全てお見通しと言わんばかりの笑顔に腹が立つ。余計なことばかり見抜くくせに、どうして肝心の工藤の気持ちにばかり気付かないのだろう。
 ため息と共に言葉をこぼした。
「……さっきの真似は何だよ」
「真似って?」
「金借りるのに、どうしてわざわざオレに抱きつく必要があるんだよ」
「効果は抜群だっただろ?」
 悪びれた様子など欠片もない。ますます腹が立って、蹴り飛ばしてやろうかと本気で工藤は考えた。快斗の言葉は続く。
「オレにはよくわかんねぇけどさー、おまえオレのこと好きなんだろ? 好きな奴に抱きつかれたら、多少無理なお願いでも聞いてやろうって思うもんじゃね?」
 オレは胸のでかい女の子に抱きつかれたらそうなるぜ、と快斗は言う。
 男としては当然の心理だろう。工藤の気持ちが理解できなかったとしても、それもまた当然だ。
 けれどならば、せめて利用などしないでほしいのだ。利用されるために、工藤は思いを告白したわけではないのだ。離れる前に、節目を迎えたから、ごく自然な選択として幼馴染に恋心を伝えた。それだけだった。
「……人の恋心を利用しやがって」
「だってぇ、新一がオレのこと好きだとか何とか言うからぁ」
「好きな奴に好きだっつって何が悪いんだよ! くそっ、なのにオメーはこっぴどく人を振りやがって!」
「いやいや、男に告白されて振る以外の選択肢とかありませんから。なに言っちゃってるのこの人」
「振ったくせにそのくせオレのことを利用しようとする辺りオメーは性格が悪いんだよっ!」
「振る・振らないはオレの自由だろって。大体オレに利用されたくなかったら、オレの欲求なんて突っぱねりゃいい話じゃねえか」
 正論だった。
 どこにもおかしな点は無かった。わかっているのだ。「気持ち悪い」と突っぱねられなかっただけ、十分自分は恵まれているのだと。
 二度と会えなくなったとしても、当然の告白だった。受け入れられるなどと思ったことはなかったが、会えなくなる可能性もあるのだと、その時には気付かなかった。気付いたのは快斗と離れ、落ちつきを取り戻してからのことだった。我ながらどうかしている。
「……何でオレは、こんな厄介な奴を好きになっちまったんだかな」
「厄介な奴言うなよ。つーかじゃあ、今からでもどっかの可愛い子を好きになれよ。東都には可愛い子なんて山ほどいんだろ」
「うるせぇ。それでもオメーがいいんだよ。どんな美人見たって巨乳を見たって思い出すのはオメーのことだけなんだよ。言わせんじゃねぇよくそっ!」
「勝手に言ってるのは新一の方じゃん!? 何でオレ蹴られてんの!? わけわかんねぇ!」
 さすがに強く蹴り過ぎたのか、快斗は涙目になっていた。可哀相なことをしたとは思わなかった。ただ、泣いている顔も可愛いなと思っただけだった。これは重症だ。
「……ほらよ」
 鞄から取り出した紙袋を、快斗に差し出した。泣き顔も可愛いが、可愛いと思っている自分を知られたくはなかった。これ以上に変態の烙印を押されてはたまらない。
「なにこれ。……あれ、この店の名前って……」
「食いたかったんだろ。ここのチーズケーキ」
「うわーん新ーっ!」
 ぱっと快斗の顔が輝く。
 子供だって、今どきケーキ一つでここまで喜びはしないだろう。どれだけの有名店なのかは知らないが。
「何でっ? 何で知ってるわけ? オレがここのチーズケーキ食べたがってたって!? 新一素敵ー! さすがーっ!」
「おまえんち電話したら、おばさんが教えてくれたんだよ。冷凍のを買ってきたんだけどな、まあここに来るまでに解けて、逆に食べ頃にでもなってんじゃねえの?」
「わーい新一ありがとー! 愛してるー!」
「……だからおまえ」
 そういうことを、頼むから気安く口にしないでもらいたい。
 快斗にとってはただの軽口だ。意味なんてない。わかっている。それでも工藤は意識をしてしまうのだ。混雑するケーキ屋に、女性客ばかりのケーキ屋に、場違いを自覚しつつわざわざ足を運んだ甲斐があるというものだった。
 街灯に照らされながら、住宅地の中を歩く。受け取ったケーキの箱を、快斗はこの上もなく大事そうに抱えているのだからおかしい。
 三人暮らしの家に五号サイズのケーキはいささか迷惑だったろうかとも思ったが、この調子なら大丈夫だろうか。せっかくなら、工藤だって味見の一つぐらいはしたいのだ。
「はー、いいなぁ、東都は」
「ンだよ」
「だってさー、有名は店って大体東都じゃん。美味そうなケーキもチョコもアイスの店もさー。あーオレも東都行きたい」
「だったら来りゃいいだろ。夏休みにでも」
 快斗の『行きたい』という言葉の意味はわかっている。工藤のように地元を出たいとか、そんな意味ではなく、ただの観光だ。
「簡単に言ってくれるけどよ」
 快斗は恨みがましい顔になる。簡単に言うも何も、そりゃあ簡単な話なのだから仕方ない。休みの取れない社会人ならともかく、お互いにまだ気楽な学生という身分なのだから。
「そんな予定でも詰まってんのかよ」
「まあ色々とあるにはあるけど。それ以上にさー、夏休みなんて交通費も宿泊費も高ぇじゃん。行ったからには色々遊び回りてぇけどさー、それ考えたら幾らあれば足りるんだって話でさ」
「ンなの、オレんちに泊まればいいだろ」
「うん?」
「飛行機のチケットぐらいプレゼントしてやるよ」
「うわぁ」
 感激の声と思うには、あまりに感情がこもっていなかった。
「嫌なのかよ」
 人が親切心で言ってやったのにと思えば、工藤の顔も険しくなる。箱を抱えたままに、「いやぁ」と快斗は言い辛そうに口を開いた。
「だって、工藤の家ってさぁ……オレそのまま食われちゃうの? みたいな?」
「バーロ。今までだって、実家に泊まったことなんて幾らでもあんだろ」
「それはそうだけどー」
 実家と一人暮らしの家ともなれば、感じるものが違うのだろう。
 かく言う工藤自身にも、あまりその辺りの自信はなかった。一人暮らしのあの家に、快斗が泊まりにきたらどうだろう。風呂上がりの無防備な姿を見せられでもしたら。
「……まあムラっとはするよな」
 すかさず快斗が身を離した。
「そういう! ことを! 本人横にして言わないでもらえるかなあっ!?」
「話題振ったのはオメーの方じゃねぇか。無理やり襲ったりするような趣味はねぇけど、むらっとするもんは仕方ねぇだろ。オカズにぐらいさせろ」
「うわーだからそういうこと言うの止めてってばーっ! 本人前にして言うとか最低だ新一のアホーっ!」
「失礼な奴だな。離れてる間だって、おまえのことを考えない日は無かったぜ」
「どういう意味で!? 普通の意味で!? それとも別な意味で!?」
「まあこの場合は別のっつーか、だからオカ」
「わああああああもう言わなくていい言わなくていいっ!」
 ケーキを持っていなければ、きっとその手で両耳を塞いでいたことだろう。そうわかるほど必死な態度だった。
 そうした態度を見ても、工藤は別に傷つきはしないのだ。男同士なのだから、至極当然の反応だろうとも思う。我ながら、傷つきやすいのか図太いのかよくわからない。
 快斗も快斗で、本気で嫌がっているわけではないのだろう。もちろんオカズ云々は本気で嫌なのかもわからないが、かと言って工藤自身が嫌になっているわけでは無いのだとわかる。幾ら土産が目当てであろうとも、本気で嫌な相手に近づいてくる奴ではないのだ。
 ―――と、工藤は考えるのだが、いささか希望が入り過ぎているだろうか。あまり苛めない方がいいのかもしれない。何せGWはまだ始まったばかりなのだ。
「ま、考えとけよ。おまえが来るならあちこち案内してやるぜ」
「……んー、じゃ、少し金が溜まりそうだったら」
「だから金ならオレが出してやるって」
「バーロ。だからって全部おまえ任せにするわけにはいかねぇだろ」
 人に平気で金を借りて行くくせに、けれど根は真面目なのだ。先ほどの五千円だって、後日しっかり返してくるに違いない。大方休みで金が下ろせなくなることを忘れていたとか、そんなところだろう。
「そうかよ」
 工藤としては、快斗に幾ら金を使ってやっても、全く構わないのだが。
 金銭的に困っていないということも大きいが、何より惚れた相手なのだ。そこをケチってどうするというのだろう。
「なあなあ、もう夕飯食った? オレちょっと腹減ってきたんだけどさー、家でラーメン食わねぇ?」
「まあいいけど……おまえさっき飲んでたんじゃなかったのかよ」
「だから締めのラーメンなんです」
「なるほど」
 まあ快斗の場合、締めは何でもいい気もしたが。ようは腹が減っているだけなのだろう。
「あ、ラーメンで思い出したけどさ、高校近くのラーメン屋がさ、GW中餃子半額なんだってよ。だから明日行こうぜ新一」
「オレ明日は新刊届くから、一日家に引きこもってる予定」
「うるせぇ何だその不健全な過ごし方は。つーかおまえオレのこと好きなんだろ。付き合ってポイント稼げ少しは」
「ちなみに明日おまえの餃子に付き合うと何ポイント稼げるんだよ」
「付き合ってくれたら一ポイント。餃子奢ってくれたら五ポイント」
「んで、何ポイント貯めたらおまえはオレと付き合ってくれるって?」
「んー、一万ポイントぐらい?」
「……先は長ぇな」
「そうですとも」
 鷹揚に快斗は頷く。偉そうな態度だ。呆れながらにその後ろ頭をぐしゃぐしゃと撫でた。元からの癖っ毛が、さらにひどいことになったが気にはしない。
「まあいいじゃん。GWは長いんだからさ」
 こんな調子で付き合わされていたのであれば、あっという間に終わりそうな気もするのだが。
 けれどそう思いながらも、明日工藤は、言われるままにポイントを稼ぎに出かけてしまうのだろう。さらにビールの一杯でも奢れば、もう三ポイントぐらいは稼げるだろうか、なんて。
「……ったく」
 くだらない考えだった。それでも仕方ない。

 何せGWなのだから。
[13.05.06]
珍しく工藤さんの片思いでした。次は夏休み話を書きたい。