主人と使役獣 extra3


 旅の情報収集の基本は酒場にある。
 情報というのは人の集まる場所で交わされるものであり、それを思えば別段酒場でなくとも構わないのだろうが、まさかご婦人方の井戸端会議の中に、旅人がのこのこと入っていけるわけもない。
 そうしてやはり、酒の力というのは偉大だ。酒が入ればだれでも気分は陽気になる。陽気になれば口もまた軽くなる。素面の時には聞けないような情報も、小耳に挟むことができるというわけだ。そうでなくとも、一緒に酒を飲んで盛り上がれば、にわかに芽生えた仲間意識で教えてくれるということもある。
 何にせよ、酒場というのは旅人にとっては重要な場だ。もちろん息抜きの場としても。
「兄ちゃん、そんな若さで故郷を出たのか! いやぁ、うちの息子にも見習わせたいもんだね」
 自分で言うのも何だか、オレは割と人に好かれるタイプだ。
 何せ素直だし愛想もいい。周りのおっちゃんに酒を進められれば笑顔で飲むし、長ったらしい世間話にも嫌な顔一つしない。
「いやいや、俺も若い頃には旅に出たもんだけどな、最近の若いもんはあれだろう、隣町までのおつかいを、妙に大袈裟に語ったりして……」
「兄ちゃん、どっから来たんだい。その格好からして、まさか隣町じゃねぇだろう?」
 オレの格好はところどころに焦げ痕がある。確かに、隣町からここまでは、ほんの二時間ほどしかかからない。
「エコダです」
「エコダ? 聞いたことねぇな」
「あー、ちょっと田舎の方なんで」
「……なに? エコダ? オレの姪っ子が嫁に行ったとこじゃねぇか」
 近くのテーブルから声が上がる。
 そこからは、まさに休む暇もない会話の始まりだ。姪子さんの名前を聞けばオレも何度か会ったことのある相手で、元気なのか旦那と上手くやっているのか、姑にいびられていないかの質問に始まり、エコダの町の話に続き、それが終わればどうして旅に出たのかというお決まりの質問だ。
 どこに町の、どこの酒場に行っても、向けられる質問は大して変わらない。今日はそこに、姪子さんの話題が混じったけれど。
「だけどなぁ、兄ちゃん、旅に出たんなら、やっぱ使役獣の一匹や二匹は捕まえねぇとな」
 そうして、質問が一通り尽きたところで、この話題が出るのもまたお約束だ。
 もう何十回と聞かされている台詞ではあるのだけれど、ここで飽きた顔をしてはおしまいだ。今初めて聞いたような顔をして、オレは神妙に頷く。
「やっぱりそうですか」
「やっぱりって、何だ。兄ちゃん、まだ一匹も持ってねぇのか?」
「はあ、実は」
 オレは頷く。
 新一に聞かれたら、その瞬間にも焼き殺されそうだなぁと思いつつも仕方ない。
 だってそうだろう。ここで、「いや実は、翼竜を使役獣にしてるんですけどね」なんてことを言ったところで、到底信じてもらえるはずがない。ただのほら吹き野郎になるだけだ。
「エコダから遥々旅をしてきたってのに、一匹もいねぇのか、兄ちゃん!」
「情けねぇなあ。これだから最近の若いもんは。旅に出たんなら、一匹や二匹捕まえてるもんだろう。なあ?」
「いや、でも考えてみろよ。使役獣もなしに、エコダからここまで来たってんだから、そりゃあ逆に凄かねぇか?」
「……確かにな。まあ、ここまではさぞ色々大変だったんだろうけどなぁ」
 一人のおっちゃんが、オレの服を見てしみじみと呟く。オレの服の、焦げ痕を見て言っているのだろう。
 その焦げ痕が、実は使役獣につけられたものだなんて、だから到底言える話ではないのだ。オレは笑顔を浮かべたまま、グラスを傾けた。
 どこの酒場にも常連のおっちゃん達はいるもので、そんな中で、旅人にして若者のオレは聞き役に回ることがほとんどだ。
 今もオレの周りにでは、使役獣も連れずに旅にでた情けない若者か、いや逆にここまで一人で辿りつくことができたやり手の若者かということで、白熱した議論が交わされていた。オレはベーコンを一切れつまむ。
「……いやあ、だけどなあ、兄ちゃん。やっぱりな、使役獣は連れて行くに越したことはないぜ。そりゃあ金はかかるがな、そこが男の見せどころってもんだろ、なあ?」
 しばらくの間議論は交わされていたが、結局どこの酒場でも、行きつき先は一緒なのだ。
「あー、ですよねぇ」
「何だ兄ちゃん。持ちたいとは思ってんのか」
「まあ、そりゃあ人並みには」
 使役獣というと、まず真っ先に思い浮かべるのが旅のパートナーとしての存在だが、もちろんそれだけではない。
 モンスターと一言に言っても、その種類に至っては千差万別。
 聞くところによると、エルフなどは傷を癒す力を持つという。そうした使役獣を使って、医者を営んでいる者もいたりして、つまりは人それぞれだ。
「持てるもんならなぁ。そりゃ、だれだって持ちてぇもんだよな」
「オレだって、もうちっとも稼ぎがよきゃあ、あと一匹捕まえてくるんだけどな」
「おまえ、そんな耄碌した身体で、どんなモンスターを捕まえてくるって言うんだよ」
「おめぇだって似たようなもんじゃねーかっ!」
 客はだれもが常連客なのだろう、一見喧嘩腰なやり取りに見えても、だれもが笑っているから居心地が多い。ついついオレの酒もすすむというものだ。
「そりゃあ、いるにこしたことはねぇけどなあ」
「使役獣を置くにも、金がかかるからな」
 だれもかれもが一様に頷く。そう、使役獣とは金のかかるものなのだ。
 幸い新一は食費がかからないからいいものの、けれど宿屋に泊るとなれば、当然二人分の料金がかかる。それだけでも二倍だ。
 モンスターはそれぞれ性能が違うから、できれば色々なモンスターを使役獣にしたいところだけれど、そうするとお金がかかる。肝心なのはそこだ。いつの世も、重要なのは金なのだ。何て世知辛い。
「使役獣といやぁ、ヤンの旦那はすごかったよな」
「あぁ、ヤンの旦那か。あいつはなぁ、確かに大した奴だよ」
「確かにな。男の中の男って奴だな」
 オレがナッツをつまんでいる間に、いつの間にか話題は流れて行っていた。
 酒場に集った男たちが、こぞってヤンの旦那とやらを褒めそやす。一体何をした人なのだろうか。
「あのー、ヤンの旦那って?」
 隣にいた、恰幅がいいが禿げ散らかしたおっちゃんに尋ねれば、おっちゃんはそりゃあもういい笑顔で答えてくれた。
「あいつはなぁ、そりゃあもうすげえ男なんだよ!」
 言いながら、オレのグラスに酒を注いでくれる。溢れそうになったそれに、オレは礼を言いつつ慌てて口をつけた。
「昔っからな、あいつは人並み以上の男だとは思ってたけどな」
「何言ってんんだよ。ガキのころ、あいつを苛めてたのはどこのだれだって」
「にしてもなぁ。まさかあいつが、あんなすごい真似をするとは。カミさんもそりゃあ驚いてたってなあ」
「カミさんどころじゃねぇだろ! 町中驚いたの何のって」
 酔っ払いの話というのは、総じて要点を得ない。
 まあ、だれも先を急いでいるわけではないのだから当然だ。オレも急かさず、酒を飲み、ベーコンをつまみナッツをつまみ、その先を待った。急いては事をし損じる。
「使役獣ったってなあ。この辺じゃ、精々が強いやつでも、キメラぐらいだってのになぁ」
「そうそう、ヤンの旦那の使役獣を見て、あれだ、今までキメラを自慢してた奴らがなぁ!」
「おい、宿屋のおやっさんの悪口は止めろよな。確かに自慢はしてたけどなぁ」
「……何か、すごい使役獣を捕まえてきたんですか」
 とりあえず、話の流れからその辺りのことはわかった。
 尋ねたオレに、おっちゃん達は揃って顔を向ける。その顔の、何て楽しそうなことだろうか。
「すごいのなんのって、なあ!」
「あぁもう! あれ以上すごい使役獣になんか、今後一生お目にかかることはねぇだろうって!」
「いやあもう、ヤンの旦那にはびっくりだな。捕まえてからなら、それこそ嫁なんて選び放題だったろうにな」
 使役獣によって、お嫁さんすら選び放題になるものなのだろうか。
 知らなかった。と言うのも、オレの故郷は割合と田舎の方で、あまり使役獣を持っている人も少なかったのだ。
 少ないからこそ、使役獣について学ぶ人もまた少なく、かく言うオレも使役獣に対する知識は少ない。だからこそ、こうして酒場で色々と話を聞くのはためになるのだ。何せ、その地域にしか生息しないモンスターというのも数多くいるものだからして。
「聞いて驚くなよ、兄ちゃん」
 そんな前置きまでされてしまう。
 思わず酒も進む。空になったグラスに、また隣のおっちゃんが酒を注いでくれる。何とも申し訳ない。
「ヤンの旦那っつーのはなぁ、なんと、竜を使役獣にしやがったんだよ」
「なっ」
 酒を口に含んでいる時でなくて良かった。
 含んでいたら、オレは思い切り吹き出していたところだろう。酔っ払ったおっちゃん達に、殴られても仕方なかったところだ。
「おいおい、驚くなって言っただろうがよお!」
「驚くなって言ったって無理だってぇの、なあ? 一体どこに竜を使役する奴がいるってんだか!」
「だからこの町にいるんだろ」
「そりゃそうだ!」
 驚きのあまり、唾が変なところに入ってしまった。
 咽るオレをよそに、とりあえず周囲は盛り上がっている。絶好調の盛り上がりだ。どんどん酒はすすみ、どんどん注文は入る。きっと今日のこの酒場の売上は、ずいぶんといいことだろう。羨ましい限りだ。
「……竜を、使役、って」
 驚いた。
 そんな相手が、他にも存在していただなんて。
「びっくりしただろ?」
 髭面のおっちゃんが話しかけてくる。驚いたことには違いないから、オレはこくこくと頷く。
「……ものすごく」
「普通はなあ、竜なんて使役できねぇもんだからなあ」
「兄ちゃんの故郷にだって、まさか竜を使役獣にしてる奴なんていねぇだろ?」
「そ、そうですね」
 オレは今現在、故郷を出ているわけだから、嘘ではない。
 新一と出会ったのだって、故郷を出てからのことなわけで。
「それがまたなあ、ばかでかい竜でなあ!」
「馬鹿かおまえ、竜なんてそもそもでかい生き物だろうがよ」
「だからって、あの大きさには驚くだろ! あんなでかい奴を、どうやって倒したんだかなぁ」
「全身真っ白な竜でな、白竜って言うらしいんだけどな。兄ちゃん、この町を出る前に一度見せてもらえ。ありゃあ見といて損はないぞ」
「はあ」
 どぼどぼと酒を注がれる。白竜だなんて、もちろん見たことはない。と言うよりも、オレが見たことのある竜なんて新一ぐらいのものなのだ。そもそもが、竜というのは人前にそう姿を現すものではない。
 白竜を使役しているというヤンさんとやらは、一体どうやってその竜を捕まえたのか、また日頃どんな風に使役をしているのか、気になることはそれはもう山ほどあったのだが、その辺りを詳しく知っている人はここには生憎といないようだった。使役の仕方なんて、他人に詳しく語ることでもないのだから、当然のことなのかもしれない。
「白竜を使役かぁ……」
 とりあえずその驚きを肴に、オレの酒は進むのだった。


 そうして宿屋に帰れば、白竜ならぬ銀竜は、大層おかんむりな様子だった。
「遅かったな」
 仁王立ちをして出迎えてくれる、その様子から、機嫌の悪さが伺えるというものだった。もっとも、オレの使役獣は、不機嫌でない時間の方が短いだろうと思えるぐらいには、大体の割合で不機嫌な顔を見せてくれているのだが。
「そりゃあ、酒場に行ってんだから、遅くなるのは仕方ないだろ」
 オレが酒場に行くことを、一応新一は認めている。
 認めている、と言う辺りが、何だか主人と使役獣との関係としておかしいような気もするのだが、まあそれはさておき。
 とりあえず、旅を続けるのに、酒場での情報収集が欠かせないことは理解してくれているのだ。どこの街道でモンスターが暴れているとか、盗賊が出没しているとか、あそこの市場が安いとか、どこそこの町では病が流行っているだとか、とにかく旅を続けるのに情報は欠かせない。
「だからって、いつもよりもだいぶ遅いじゃねぇか。もう日付も変わってんだぞ」
「あのなぁ、だから酒場だぞ? 朝までやってるような店だぞ? むしろ、この時間に帰ってくる分マシだって思えよ。オレだって、何も好きで行ってるわけじゃないんだからさぁ」
 と言うのは、半分ばかりは嘘だ。
 オレは酒を飲むのも好きだし、人の話を聞くのも好きだし、盛り上がる場所というのも好きなのだ。つまりは、情報収集云々を抜かしても、酒場という場所が好きなのだ。
 オレの奇術師としての職業からしても、酒場というのはぴったりの場所だった。今日も少しばかり奇術を披露すれば、気に入ってくれた旦那がオレの酒代を奢ってくれた。まあその分として、後日その旦那の家に出向き、家族に奇術を披露する羽目にはなったのだが。
 けれど、それだって願ったり叶ったりだ。奇術なんて、人前で披露しなければ何にもならない。
 ……が、そんなことを言って、これ以上新一の機嫌を損ねても仕方ない。どうしてオレは、こんなにも使役獣相手に気を使わねばならないのだろう。
 新一がいるから、宿屋の部屋は当然二人部屋だ。新一はあまり睡眠を必要としないらしく、それを思えばこの二人部屋はもったいない限りなのだが、けれど使役獣を連れている限りこればかりは仕方ないのだ。その、片方の寝台にオレはどさっと腰掛ける。
「……何だよ」
 腰掛けると同時に、新一が寄って来た。そうして、オレの匂いをくんくんと嗅ぎ始めた。オレは思わず緊張する。
 新一がオレの匂いを嗅ぐ時は要注意だ。そうして、オレに寄って来た人間の匂いを嗅ぎ分けているのだ。わかっていても、オレにはどうにもできない。逃げても捕まるだけなのだから。
「……酒くせぇ」
 今日は特別近づいた相手もいないはず、けれど強いて言えば隣のおっちゃんが危ないかもしれない―――と、思っていたオレは安心した。
「酒場に行ってたんだからな」
 新一の鼻を持ってしても、嗅ぎ分けはできなかったらしい。いや、良く効く鼻をもっているからこそ、酒の匂いを強く感じてしまったと言うべきか。
 オレだって酒を飲んでいるし、周りのおっちゃん達はそれ以上だし、何より酒場には酒の匂いが染みついているものだろう。
「……ったく、何でオレを連れてかねぇんだよ」
 新一は、忌々しげに吐き捨てる。
「だから酒場には連れてけねぇんだって」
「何でだよ」
「それが町のルールだからだよ」
 使役獣の入店はお断り。そういう酒場は多い。
 酒が入れば、喧嘩っ早くもなるものだろう。そうした時に、その場に使役獣がいては、獣同士の戦いにも発展しかねないからだ。だからこの町だけなく、酒場というのは総じて使役獣の入店を拒否するところが多い。そういうものなのだ。
「意味がわかんねぇ」
 そう言いながらも、それでも新一が大人しく宿屋で待ってくれているのは、きちんと意味を理解してくれているからなのだろうとも思う。
 町のルールも、旅での情報収集が欠かせないことも、それには酒場が一番適していることも、新一は全て理解しているのだ。理解しているから、一応は我慢してくれている。竜の知性というのはさすがなものだ。
「うんうん、だからな、たまにはおまえと飲もうと思ってな」
 オレは隠していた酒瓶を、じゃじゃーんと取り出して見せた。
 人間の奇術なんて、竜である新一は日頃目にする機会も無いだろう。珍しくも、目を見開いていた。しめしめ。
「……どっから取り出した?」
「言うわけねぇだろ。奇術なんだから」
「産んだのか?」
「産めねぇよ」
 人間は酒瓶を産むものではないし、そもそもオレは男なのだから、酒瓶であろうと赤ん坊であろうと産めない生き物なのだからして。
「まあまあ。ほら、たまにはいいだろ。おまえとこうやって酒を飲むのもさ」
 同じように、オレはグラスを二つ取り出す。新一はまじまじとオレを見つめつつも、オレの隣に腰を下ろした。
 真向かいには、同じように新一用のベッドがあるのだ。寝るのかどうかはさておいても、普通は自分のベッドに腰掛けるものではないのだろうか。こいつはどうにもオレの傍にいたいらしい。考えて妙な気持ちになるが、それを振り切るように瓶を開けた。
「買ったのか?」
「うんまあ」
 オレの奇術に気を良くしたおっちゃんの一人が奢ってくれたのが、それを言う必要は無いだろう。罪もない町民の命を、無駄に危険に晒す必要はないのだ。
「ほらほら。かんぱーい」
 無理やり新一の手にグラスを握らせ、そうして酒注ぎ、乾杯をした。
 オレがグラスの半分程を飲み干しても、新一はいまだグラスを握ったままだった。そうしてオレを見つめている。
「おまえ、酔ってんの?」
 真顔で尋ねられて悩む。
 酒に弱いわけではないと思うのだが、それでも今晩は進められるままにけっこうな量を飲んだ気がする。
 その上、こうして酒瓶を持って帰ってくるだなんて、普段のオレであればまずしないであろう。そもそも新一を会話を交わすだけで精神力を削っているのだから。
「……酒を飲んだら人間は酔うんだよ」
「ふうん」
 ずるい答えを返したオレに、新一は曖昧に頷いた。
 そういえば、新一は酒を飲めるのだろうか。食事は『気』で十分なのだそうだが、そんな新一も水は普通に飲む。となれば、酒も飲めることは飲めるのだろうか。好き好きは別として。
「……これが酒か」
 呟いてから、新一はグラスをぐいっと傾けた。一気にその中身が流れて行く。
「お、おい」
「……まあまあ美味いな」
 グラスの中身を全て飲み干してから、新一はそんな呟きを漏らす。
 漏らしたかと思うと、オレにずいっと空のグラスを突きつけるものだから、慌ててオレは酒を注いだ。主人として少しおかしい。
「……あー、酒飲んだの初めてなんだ?」
「普通にしてたら飲まないだろ」
 と言われても、オレには新一の言う『普通』がわからないのだが。
 竜の言う普通の暮らしというのはどんなものなのだろうか。とりあえず、人間の使役獣にならないということだけはわかる。逆に言えば、それ以外はわからない。
「でも美味いんだ?」
「まあ普通に」
「『気』とどっちが美味い?」
「それは比べるものじゃない」
 当然だろうと言うかのような態度だった。何を馬鹿なことを聞いているかの言われているかのような。
 まあ、オレは一生かかっても『気』を摂取することはないだろうから、仕方ないのかもしれない。種族が違えばわからないこともあるのだ。
 わからないことなんて言えば、オレにとって竜という存在は、そもそもがわからないことだらけだ。
 元々竜を使役するつもりなんてなかったから、何の勉強もしていなかったということもあるけれど、何せ通常は人に使役をされる生き物ではない。だから竜について詳しく知る人間は少ないし、少ないからこそ、また竜を使役しようと思う人間も少ないのだ。卵が先か鶏が先か。
「……さっきさぁ、ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「何を?」
 新一に話題を振るのはいつも緊張する。
 何せ、少しでもヘマをしようものなら、罪も無い人間が命に危機にさらされるのだ。オレは日々、綱渡りをして生きているといっても過言ではない。そんな心地なのだ。
「この町には、白竜を使役してる人間がいるんだって」
「白竜?」
 新一は眉を顰めた。その嫌そうな顔に、オレは驚いた。
 一応は仲間の話だろう。そう思ったオレが間違っていたのか。
「な、何か嫌な思い出でもあるわけ……?」
「嫌な思い出っつーかな」
 新一は、はっと息をつく。そうして酒を飲む。空になったグラスに、オレは酒を注いだ。この調子では、新一に一瓶飲まれてしまいそうだ。
「白竜なんか、使役してどうすんだよ」
「白竜なんか……?」
「あんな弱っちぃの、使役したって何の役にも立たねぇだろうがよ」
「……えー」
 竜という種族について、オレはまったくもって無知ではあるけれど。
 それにしたって、『あんな弱っちぃの』呼ばわりとは。今日の酒場に集まった親父さん達に聞かせたら、一体どんな反応が返ってくるものなのやら。
 なんて、勝手に気の毒がっていたオレを、新一はぎろりと睨みつけた。
「……何だよ。おまえまさか、オレよりその白竜の方がいいとか言うんじゃねぇだろうな?」
 冗談でも頷いた瞬間に、オレはきっと消し炭になっているのだろう。
 そう考えたわけではないけれど、オレはぶんぶんと首を横に振っていた。ちぎれんばかりに振っていた。
「いやいや、違うって! そうじゃなくて! 別に人の使役獣を羨んだりはしてぇねし……!」
「そうだよなぁ? オレともあろうもんを使役しながら、まさかよその竜に目移りなんてしてねぇよなあ?」
「もちろん! もちろん、するわけがないから! ねぇから! オレには新一だけで十分だから!」
「よしよし」
 新一は満足そうに頷いた。この上もなく嬉しそうな笑顔だった。
 その証拠に、オレの手から酒瓶を奪うと、オレのグラスへ酒を注いでくれる。オレの仕草を見て、そうするものだと学んだのだろう。
 ありがたく酒を飲む。喉はカラカラだった。何とも酒が美味い。嬉しいやら悲しいやら。
「……白竜って、そんな弱いわけ?」
 と言うよりも、竜の中での力関係というのは、一体どうなっているのだろう。
 そもそも、どれだけの種類がいるのかもさっぱりだ。竜というのはとにかく人前に姿を現さないものだから、まったく人間の間にはその詳細が知られていない生き物なのだ。
「弱いっつーか、そもそも小せぇだろ、あいつら」
「そうなんだ?」
「小せぇよ。成竜でも、オレと同じぐらいしかないんだぜ」
 言って、新一はグラスを煽った。空になった自分のグラスに、慣れた様子で酒を注いで行く。これはもう一本貰って来た方が良かったか。
「……え? 新一と同じぐらいで小さいって?」
 文脈が、よく理解できない。
 新一はきゅっと眉を寄せた。見慣れた仕草だ。
「オレの大きさを忘れたのかよ」
「いやいや、まさかそんなことは」
 大抵は人型でいるものの、モンスターに襲われた時はそうではない。そもそも、出会った時は当然新一は竜の姿であったのだからして。
 元の姿の新一は、軽くオレの数十倍はある大きさだ。そこらの家よりも、教会よりも大きい。間違ってでも踏まれたら、間違いなくオレは死んでしまうのだろうと思えるぐらいには。例えるなら、馬と子猫といったところだろうか。
「いや、でも、新一だって十分大きいだろ。それと同じぐらいって……」
「あのな、成竜でもって言っただろ。オレはまだ子供なんだよ。そのオレと、同じ大きさって時点で小さいだろって」
 この上もなく呆れた口調だった。言わなくてもわかるだろうと、言いたげな声音ではあったのだけれど、オレには初めて耳にする言葉であった。
「……え、そうなんだっ!?」
「常識だろ」
「いや、人間にとってはそうじゃないって」
 都会の町ではどうなのかわからないが、少なくともオレの故郷には伝わっていない。
「竜ってそんな大きさにばらつきがあるのかよ。でかいことは知ってたけど、何か全部そのイメージでいたっつーか……あー、そりゃ全部でかいことはでかいんだけど、そうか、その中での種族差があるのか……っていうか」
 はた、とオレは気づいた。
 グラスに注ぐのが面倒になったのか、新一は酒瓶をそのまま傾けている。傾けながらに、「ん?」と視線がこちらを向く。
「おまえ、まだ子供だったのかっ?」
「見りゃわかるだろ」
 ぷは、と酒瓶から口を離しながらに新一は言った。
「どう見たってまだ子供だろ」
「……言う程子供じゃねぇけどな」
 見たところ、新一の年齢はオレとどっこいどっこいだ。
 少なくとも人間として見れば、もうそこまでの子供ではない。そろそろ家庭を持ってもいいかというぐらいだ。まあ、町の集会で発言権を持つ程の、そこまでの大人とも思えないのだが。
「……おまえ、子供だったのか」
 てっきりオレの年齢に合わせ、似たような姿になっているのだとばかり思っていたのだ。
 けれど、新一がまだ子供だと知り、納得する気持ちもあった。
 オレに対する妙な執着心を、まるで人形を気に入る子供のようだと思うことは多々あったが、事実子供であるというのなら納得だ。納得したところで、どうということもないのだが。
「ちなみに、大人になるとどのぐらい大きくなるわけ……?」
 それはもちろん、竜の姿に戻って考えてのことだ。
「あー、オレの親父は、大体二倍ぐらいでかいかな」
「……二倍」
「だから怒らすと怖い」
 ぽそり、と新一は漏らした。
 思わず漏らしてしまった一言なのだろう。だって、普段の新一からは、間違っても聞けないような台詞であった。
 これはどうにも気になる。オレの好奇心が首をもたげたが、ここであからさまな反応を返しては、新一が怒ることもまた目に見えていた。
「……親父さん怖いの?」
 あくまでも、さりげなさを装って尋ねる。ポーカーフェイスが肝心だ。
「そりゃ怖いだろ。本気で怒らせたら、どこの親だって尻尾千切るぐらいするだろ」
「いやごめん、オレ人間だから」
 竜の世界では、親が子供の尻尾を千切るのは当たり前なのか。トカゲか。
「あぁそっか、人間に尻尾はねぇか」
 新一はため息をつき、酒瓶を傾ける。よく飲むなあとオレはそんな姿を眺めるしかないのだが、まあ元の大きさを考えれば、新一にとってこれぐらいの酒は屁でもないのだろう。いいんだか悪いんだか。
「でも人間の親だって、怒ったら腕を引きちぎるぐらいするだろ?」
 真剣な顔で新一はそう尋ねてくる。真剣な顔だからこそ余計に怖いのだ。
「……いや、ごめん。人間の親はンなことしねぇよ」
「え? しねぇの?」
「つーか、人間の腕や足は、引きちぎったら生えてこねぇから! もう一生のそのままだから!」
「……え、マジで?」
 新一が目を丸くしていた。この上もなく驚いた表情だった。
「……生えてくるかと思ってた」
 心からだろう新一の呟きに、オレは今更ながらに身体を震わせていた。
 どうりで新一が、容赦なく主人であるオレにも、火炎を吹きつけてくるとは思っていたのだ。オレが死んでもいいのかと、果てしないまでに疑問に思っていたのだが、どうやら根本的なずれがあったらしい。
「人間て大変なんだな」
 新一がため息をもらす。もらしながらに酒瓶を煽る。
「手足が二度と生えてこねぇんなら、ますますおまえから目を離さねぇようにしねえと」
「……うわあ」
 そう行きつくか。
 素直な感想を漏らしたオレに、もちろん新一が「嫌なのか?」と睨みを返してきたことは言うまでもなく。
 そうして持ち帰った酒が、ほぼ新一に飲まれたことも、また言うまでもないのだろう。
[13.02.01]