テレビに映るその姿
 最近テレビで恋人の姿をよく目にする。
「なんだなんだ、とうとう探偵からタレントにくら替えか? まあ殺人犯とかテロリストを相手にしてるよりかは、お茶の間の皆さんを相手にしてる方が健全だけどな」
「バーロ。だれがくら替えなんてするかよ。よく見ろ、探偵としてお茶の間の皆さんの相手をしてんじゃねーか」
「どれどれ」
 ニュース番組にコメンテーターとして工藤が招かれたのは、その日取り上げられた事件が、お察しの通り名探偵工藤新一が解決した事件だからなのだった。事件のあらましや結末はもちろんのこと、そこからの防犯意識や具体的な防犯法などを、時に笑顔や冗談を交えつつ話す工藤の姿は腹の立つ程にはいい男だった。さすがはオレの恋人である。
「ほらな、ちゃんと探偵として働いてんだろ」
 どこか自慢げに工藤は言う。
 テレビで防犯意識の向上を訴えることが、探偵としての働きに相応しいものなのかどうかはオレにはよくわからない。むしろ世間の意識が高まれば高まるだけ、探偵の仕事場減る一方ではないのだろうか。不謹慎だけれど。
「でも、何で急にまたテレビになんて出るようになったんだよ。そりゃあ前も映ってはいたけどよ」
「オレだって出たくて出てるわけじゃねーよ。でも、こうやって顔が売れれば、そんだけ依頼だって増えてくんだろ」
「これ以上仕事増やしてどうすんだよ。先週だってオメー、警部に連絡もらってろくに帰ってこなかったじゃねぇか」
「……警部からの依頼をいくら受けたって、恩は売れても腹は膨れねぇっつの」
「あー」
 言われてみればそうだ。警察から連絡をもらえばほいほいと馳せ参じる工藤だが、警察はもちろんのこと依頼料などくれはしない。偶然行く先で事件にぶちあたった際も同様だ。
 何てことだ。だというのに、オレはいつだって工藤が忙しくしているものだから、仕事は順調なのだろうと思い込んでいた。恋人という立場でありながら何たる様だ。
「工藤、今日の夕飯奢ってやろうか?」
「あ? 何だよ急に。どういう風のふきまわしだよ」
「悪かったな、おまえがそんな金に困ってるとも知らないで、今までアイス奢ってもらったりケーキ奢ってもらったりクレープ奢ってもらったりしててよ……。金に困ってるのなら、おまえだって一言オレに言ってくれりゃあ良かったんだよ。ほら、今晩は好きなもん奢ってやるよ。吉野家がいいか? 松屋? それともサイゼ? はたまたマック?」
「あのな、確かにまともな依頼は少ねぇけど、だからって別に金に困ってるわけじゃねーっつの! つか、何だよその貧乏学生みたいなレパートリーはよ!」
 まともな依頼は少ないというのに、金に困っているわけではないというのは何事か。これだから金持ちのぼんぼんときたら。吉野家やサイゼのどこが悪い。
 テレビの中では、まだ名探偵工藤新一が喋っている。とりあえず真横にいる恋人の姿をテレビ画面でまで見ても仕方ないので、オレはチャンネルを変えることにした。けれど何てことだ。変えた先にも工藤新一が映っている。こっちはCMだ。今度の特番のクイズショーに、スペシャルゲストとして招かれているらしい。なるほどなるほど。
「なあ、これは探偵として、お茶の間の皆さんのどういうお相手をしているわけだ?」
「……探偵っつってもようは客商売なんだから、お茶の間の人気を得るに越したことはないだろ」
「おまえもうタレントに転向しちまえよ」
 工藤自らバラエティー番組への出演を志願とは思えないし、どうせ断りきれない筋からの依頼なのだろうけど、そういえばこの探偵は目立ちたがり屋の自信家なのだった。確かに実力は伴っているのだから、自信をいくら持ってもらったところで構いはしないのだけれど。しないけれど、何となくそんな恋人の姿を見ていると「あーあ」と思えてくる。
「うっせぇな。テレビのギャラだって馬鹿にできねぇんだぞ。入ったらまた飯でも奢ってやろうかと思ってたのによ」
「それはいいから、何か機会があったら来月のショーの宣伝でもしといてくれよ」
「あ? 売れてねぇの、オメーのチケット?」
「そうじゃねぇけど、オメーだって、人気があるに越したことはねぇって思ってんだろ」
 探偵もマジシャンも、客あっての商売だということに変わりはない。軽い調子で頼んでみれば、これまた工藤も軽い調子で「じゃあ機会があったらな」と頷いた。
 件のクイズ番組は、よほど局が力を入れている特番なのか、飽きる程にはCMが流れてくる。さらにチャンネルを変えることも面倒で、オレは頬杖をつきながらぼーっと工藤の姿を眺めていた。
「オメーもショーの準備やら何やらで、あんま会う時間がとれねぇけどよ」
「あ?」
「テレビに出る利点ってもう一つあるよな。オレの姿がいつでも見れるから、寂しくねーだろ」
 本気でそんなことを言っているのだろうか。工藤は大体にして真顔のことが多いから、どうにもその辺りの判断が付きにくい。テレビに出ている時には、わかりやすく笑顔で喋ってばかりいるというのに。その笑顔をもう少しプライベートでも発揮したらどうなのだ。
 とりあえずオレは、馬鹿な台詞に返事をすることもなく、ただ心の中だけで呟いた。
 あーあー。


 テレビをつけると、またまた恋人が映っていた。
 今日はトーク番組のゲストらしい。一体どれだけの番組からオファーが来ているのか。確かに顔を売るのに越したことはないのかもわからないが、こんなにテレビに出ずっぱりでは、肝心の探偵業に割く時間が無くなるのではないだろうか。
「その内ゲスト出演してる番組中に、殺人事件が起こったりしてなー……ははは……」
 冗談の呟きだったが、あまりにも冗談にならないことに気付いて、思わず乾いた笑いが漏れた。せめて生放送中でないことを祈りたい。恋人のためにというよりは、お茶の間の皆さんのために。
 テレビの中の工藤は、今日もスーツに身を包んで、愛想のいい笑顔を振りまいている。
『ところで工藤さんは、夏休みのご予定などは?』
『夏休みですか。とくにそういった休暇はないんですが、友人のショーは見に行こうかと』
『ショーですか? どなたかモデルの方の……』
『いえ、古くからの友人で。マジシャンをしているんですが、今度そのショーがあるんですよ』
「おお」
 突然すぎてびっくりした。
 まさかこんな、ゴールデンの番組で宣伝をしてくれるとは。いや、そんなゴールデンの番組に、まず工藤がゲスト出演していることに驚くべきか。
『マジシャンのご友人ですか。探偵である工藤さんのご友人がマジシャンとは、また……』
『意外ですか? まあ、学生の頃からの友人なので』
『工藤さんは、マジックがお好きなんですか?』
『そうですね、正直特別興味があるわけではないのですが……やはり探偵の性でしょうか。そうしたショーを見ていると、どうしてもトリックを暴きたくなってしまって。いけませんね、純粋に楽しむ気持ちが持てなくて』
『では、ご友人のショーを見る時も、トリックを暴いてやると、そういうお気持ちで?』
『最初はいつも、そういう気持ちでいますよ。いえ、無意識になってしまっていると言いますか。でも最終的には、ろくにトリックも暴けないまま、ただ夢中になって見てしまっていますね。学生の頃は、それが悔しくてたまらなかったものですが、最近ではショーというのはそうやって純粋に楽しむものなんだなと……普通は考えるまでもなくそういうものなんですけどね。初めてそれに気付かせてくれたのが、その友人と言いますか』
「……へえぇ」
 多少はリップサービスもあるのだろう。いや、それよりかは台本と言うべきか。
 司会者は質問を重ね、工藤は笑顔でそれに答えていく。視聴者的には、あの名探偵工藤新一の交友関係がわかるというのは、それなりに嬉しいものだったりするのだろうか。

 ―――えぇ、古い友人ですよ。学生の頃からの付き合いなので。もうお互いにだいぶ気心は知れていますね。
 ―――ボクはマジックについては全くの素人ですが、でも、あいつ以上のマジシャンはいないと思っていますよ。
 ―――友人としての欲目も入っているとは思いますが。でも、ボクが見てもトリックが暴けない程に見事なマジックだと言えば、少しは宣伝になりますかね。

 工藤の『友人』の話は進む。ほんの一瞬オレの話を出してくれるだけでもありがたいと思っていたのに、ここまで話を長引かせてくれるとは。全くありがたいことこの上もない。
 だというのに。
 ショータイトルと公演日と公演場所を、よどみない口調で工藤は視聴者へと伝えていく。工藤がオレのショー日程を把握しているわけもないから、きっと今日のために確認をしてくれたのだろう。
 しっかり宣伝をしてくれますねと、からかうように司会者に言われれば、実は友人に頼まれましたと、照れたように工藤は白状する。このやり取りもまた、台本があってのことなのだろう。CMを挟み、まだ工藤の出番は続いていたが、もう話題は移り変わっていた。当然だ。
 チャンネルを変える気にもならなくて、どうでもいい工藤と司会者の会話を聞いていた。どんな女性が好みかなんて、そんなことを聞いてどうするというんだ、一体。工藤の好みは他でもないこのオレだ。声を大にしてそう言ってやりたい。まあオレは女ではないけれど。
『今日は色々なお話を聞かせて頂きまして、ありがとうございました。ご友人のお話も興味深いもので』
『いえ、こちらこそ。しっかり宣伝してしまってすみません』
『本日のゲストは、名探偵、工藤新一さんでした。ありがとうございましたー!』
 三十分のトーク番組はあっという間に終わった。リモコンに手を伸ばし、チャンネルを消したその手のまま、オレは携帯を手に取った。十コール目で通話が繋がった。
『どうした?』
「テレビ見た」
『テレビ?』
「おまえの出てたトーク番組」
 番組名までは忘れてしまった。何せ日頃、特定の番組を見る習慣が無いものだから。
『あぁ、この間収録したやつか。ちゃんとオメーのショーも宣伝しておいたぜ。あんなんで良かったか?』
「そんなことよりさ、オレ、おまえに聞きたいことがあんだけど」
『そんなことってオメー……』
 不満そうな声を無視してオレは尋ねた。
「オレってさ、おまえにとって何?」
『……は?』
「いやだから、オレってなに?」
『……黒羽快斗?』
 確かにそれはそうなんだけど。察しが悪い恋人こそ苛立つものはない。そもそもこいつは探偵なのだからして。現場でないとその勘の良さは発揮されないのか。どうなのだそれも。
「確かにオレは黒羽快斗であるけれども、その黒羽快斗は名探偵工藤新一にとってどういう存在なのかってことを聞きたいわけでしてね?」
『どういうって……え、恋人だろ、そりゃ……』
「おお、ピンポーン!」
 恋人、そう、恋人なのだ。
『いや、それが何なんだよ。オレ何かしたか? いきなり何が―――』
「見事正解した工藤さんには、次回デートの際に恋人からの熱いキッスをプレゼントー! またのご応募お待ちしております」
『は? 何だよおい、黒羽、おまえ何……』
 聞きたい言葉は聞いたからもう満足だ。無駄話は好きではない。通話を切ってオレは満足してコーラを一気飲みした。
「うん、良かった良かった」
 同性である以上、表立ってその関係を公言できないのは仕方ないとは言っても、あまりに友人友人と連呼されるのは頂けない。何が頂けないって、普段は別にそんなことを気にしてもいないというのに、改めて聞かされると妙に耳に残って仕方ないということが、どうも個人的に頂けない。
 オレはそんな女々しい男ではないのだ。ないはずなのだ。
「何でだろうなぁ、友人って……」
 そう表現するしかないことはわかっているのに、他のだれかからそう言われることは構わないのに、どうして工藤の口から出るその言葉だけが、こうも受け付けないのだろう。恋人とはかくあるものなのか。
「まー、いっか」
 とりあえず、工藤がわざわざオレのショーの宣伝をしてくれたのだ。自身の事務所の宣伝をするためにテレビに出ているにも関わらず。そうなればオレは、とりあえず次のショーを成功させなくてはいけない。
 明日からの仕事もがんばれる気がした。最愛の恋人のために、最高のショーを見せてあげられるよう、オレも精一杯努力するとしようではないか。

...12.09.17
テレビに出てる工藤さんと、それを見てる快斗がいいなぁと。