いつもいつも、そうタイミングを見計らっていたわけではない。
だが、そろそろいいのではないかと思ったのだ。
仕事帰りに一緒に食事に行くことはしょっちゅうで、電話番号もメールアドレスも交換した。いまや仕事仲間ではなく、友人と言ってもいいぐらいだろう、なんて。思った自分を恥ずかしく感じながらも、けれど今こそチャンスかもしれないと、探はそう思ったのだ。
ファーストフード店に二人きり。後の二人は遅れて来るのだという。
さすがに二人の前で言い出すのは恥ずかしい。恥ずかしいと、感じることすらまた恥ずかしいなんて。
「このポテトのさぁ、しなしな具合がオレ結構好きなんだけど、快斗は嫌がるんだよなぁ」
「しなしな……? 工藤君これ好きなん?」
「え、白馬もこれ嫌いかよ? けっこう美味いじゃん」
「嫌いやないけども」
ただ、日本のマクドナルドは何となく物足りない。メニューの数が少ないからなのか、ボリュームが少ないからか。
「やけど、日本はどこ行ってもご飯が美味しくてええよなぁ」
「あー、イギリスって不味いんだっけ?」
「今思うと」
けれどそこで暮らしていた頃は、さして不満も抱いていなかったのだから不思議だ。生まれ故郷の味というのは恐ろしい。けれど今になれば、父の作るシェパーズパイもまた懐かしい。
「イギリス料理ってさぁ、何だっけ。何かすげぇのあったよな。前にテレビで見たんだけどさ、ハミス? ハヂス? ハレス?」
「ハギス」
「あ、そうそうそれ。何か芸人が食ってるの見てさぁ、すげぇ不味そうでさ、それからずっと気になっててさぁ」
「別にそんな不味いもんとちゃうで?」
「そりゃ現地人からしたらそうだろって」
その後も工藤は、イギリス料理のスコーンは美味しそうだけれど、フィッシュアンドチップスはあまり美味しそうに思えないだとか何だとか、しなびたポテトをつまみながらにそんなことを語っていた。工藤新一は、こうしてよくどうでもいい話を長々と語ることがある。
それは探が思っていた、工藤新一の顔としてはいささか意外な一面だった。それまで想像していた『工藤新一』というのは、もう少し寡黙な人間かと思っていたからだ。
「……あの、工藤君」
イギリス談義が一段落ついたところで、探はようやく唇を開いた。
「あん?」
「あ、あんなぁ。僕、工藤君に頼みたいことがあってん」
「何だよ」
さっさと言えよと言わんばかりの声音に、内心で心臓が震え上がる。恥ずかしさ故と言うよりかは、これはただのファン心理によるものなのかもしれない。人間だれだって、憧れの人が目の前にいれば、すくみあがるというものだ。それが幾ら友達関係を結べた相手であろうとも。それはそれ、これはこれなのだ。
「め、迷惑やったら別にええんけど。ほんま、工藤君が嫌やったら諦めるさかい……」
「だから、その内容言われねぇと、迷惑も何も決められねぇだろって」
言いながら、しなびたポテトともう一本、工藤は口の中に入れていく。この調子では、ポテトは全て工藤の胃袋の中に収まりそうだ。細身に見えて、意外と工藤は物を食べる。その一方で、撮影続きの時にはろくに食事も睡眠もとれないというのだから、売れっ子俳優というのも大変なものだ。
「あ、あんな」
ごくりと唾を飲み込む。とうとう覚悟を決めた。
「く、工藤君の……」
「オレの?」
「さ、サインが欲しいねん……っ!」
「お、服部おかえりー」
傍迷惑な友人、というものがいる。
友人というものにカテゴライズしていいのか、今一つ平次はよくわからないのだが、知人というのはあまりに素っ気ないものだろう。だから一応は『友人』というそれでいいはずなのだ。一応は。
「……人の部屋で何しとんのや」
「えー、くつろいでた? あ、服部が帰ってくるの待ってた。一緒に食おうと思って」
「工藤」
帰りにコンビニで買ってきたサンドイッチを冷蔵庫へとしまえば、そこには見覚えのない食材が色々と詰め込まれていた。到底男の一人暮らし―――もとい、東京の借り宿―――とは到底思えないラインナップが。自分があと何日で大阪に戻ると思っているのだろう、この馬鹿は。
「何やこの、冷蔵庫に詰め込まれた食材は」
「だからー、一緒に食おうと思ってっつったじゃん。服部料理美味いじゃん? 何か食わせてもらおうと思って。あ、でも作らせるだけじゃあれだから、ちゃんと食材費はオレが負担しようと思って用意したんだぜ」
えへんと胸を張るようにして言う。適当にその辺に散らばっていた雑誌を読んでいたのだろう。その、無駄に整えられた頭を平次は容赦なく叩いた。
「阿呆」
「いてっ」
「なにアホなこと言うとんねん、工藤……とでも言うかと思っとったんか、黒羽?」
叩いた勢いのまま、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜてやれば、そこにはいつもの見慣れた顔のご登場だ。いや、いつもよりかは少しばかり、乱れすぎているような気もしたが。
見慣れた顔は、とたんにむうっと唇を尖らせて見せた。ファンはこの顔を可愛らしいなどと言うらしいが、平次にとってみれば見慣れたただの仏頂面が。それが黒羽快斗のものであろうが、工藤新一のものであろうが。
「ったく、何で服部には通用しねぇのかなー。白馬なんていまだにちょっと帽子かぶるだけで、オレと新一の区別もつかないんだぜ?」
「大体の奴は、自分らが帽子かぶってその髪隠したら気付かへんやろって」
何せ一卵性の双子だ。わかりやすい位置にホクロがあるわけでも何でもなく、相違点はその髪型しかない。黒羽の方はマジシャン志望らしい器用さを併せ持っているが、そんなものは傍目からはわからないわけであって。
「じゃあ何で服部は気付くんだよ」
「工藤は今頃別のロケやろ。スケジュール聞いたら一発やって」
「あー、何だよ新一のスケジュール把握してんのかよ。もーやだー、探偵役ってのはこれだからー」
ごろごろと黒羽はラグのホットカーペットの上を転がり出す。役になりきり探偵気質を発揮したわけではなく、たまたま工藤のマネージャーに聞いただけのことだ。共演しているのだから、ありふれたことだろう。
「それよりな黒羽、自分何でオレの部屋にいるんやって。ちゃんと鍵もかけて……」
それこそこいつの方こそ、役になりきり鍵開けの技術まで身につけたというのか。確かにマジシャン志望ともなれば、あって困らない技術ではあるのかもわからないが。
「えー? 平次君とご飯食べたーいって言ったら、服部のマネージャーが入れてくれた」
「……さよか」
「ほら、自分で言うのも何だけど、オレって愛想のいいタイプだから」
本当に自分で言うのも何な言葉だ。
けれどそれが、間違っていないからこそ真に厄介なのだろう。女性マネージャーというのも良くないのかもしれない。こいつにとってみれば、それこそマジックよりも朝飯前なことだろうから。
「……オレのプライバシーはどこに行ったんや」
[14.03.20]
14.01.12発行/14.01.12完売 文庫/オンデマ(表紙イラストくこさん)/\800