1.林檎
撮影現場では当然昼食用の弁当も用意されているが、中には自分で弁当を作ってくる者もいる。新一の『幼馴染』もその一人だった。
「蘭ちゃんの弁当すげぇ美味そう」
「えー、残り物詰めてきただけだよ」
照れ臭そうに笑う毛利蘭は、作中だけでなく実際に料理上手な女子高生だ。撮影のためにと始めた空手でもなかなかのセンスを見せているとのことで、全くすごい女の子だと新一は素直に思う。
「学校もちゃんと行ってんだろ? それで弁当まで作るってすげぇよな。オレ絶対そんなの無理だし」
「私は新一君みたく、そんな仕事忙しくないからだよ。新一君ぐらい忙しかったら、お弁当なんて作れるわけないよー」
「まあ元々オレ料理なんてできねぇんだけど」
今日の弁当は有名焼き肉店のそれだ。この現場で用意される弁当はいつも美味しい。一日のささやかな楽しみと言ってもいいだろう。仕事が詰まっている時など、それこそ移動中の車内でおにぎりをかじるぐらいしかできないこともざらにあるのだ。
「あ? どうした白馬」
同じ焼肉弁当を前にした白馬の箸が、先ほどから止まっている。いつもであれば、「これほんま美味しいなあ」と笑顔で肉を頬張っているというのに。
「……あ、いえ」
「食わねぇんなら肉もらうぞ」
「食べます、食べますから取らないで下さい工藤君。……そうじゃなくて、お二人は普段呼び捨てじゃないんだなとびっくりして」
お二人というのが、自分と蘭を指しているのだと気づき、思わず顔を見合わせた。卵焼きを食べながら、蘭もまた小首を傾げている。
「いえ、あの、ドラマの印象がどうにも強くて。てっきり普段から呼び捨てなのだとばかり」
「あー、そりゃドラマじゃ呼び捨てだけどよ。普通女子のこと呼び捨てにしなくねえ? オレは少なくともしないけど」
「私も、男子のこと呼び捨てにはしないなあ。何かし辛いよね。白馬君のことも白馬君だし」
「最初はオレも毛利さんて呼んでたけどな。でも台本が呼び捨てだし、名前呼びの方が何か舌に慣れたら普通に後はちゃん付けだよな」
「あ、そうですよね。ドラマとはやっぱり違いますよね」
照れたように少し早口に言うと、白馬は弁当を食べ始める。もう現場入りをしてから少し経つが、それでも白馬の言動はどこか面白い。素人臭いが、決して目に余るわけではない。いい意味で、芸能人らしくないと言うのだろうか。初心忘れるべからず、という言葉を、白馬を見ていると妙に思い出す。
「あ、そっか。白馬君ていつも探偵同士か、あとは快斗君との絡みばっかりだもんね。私と顔合わせることって滅多にないもんね」
「えぇ、なので作中のイメージが強くて……すみません」
「謝らなくていいよー」
にこにこと笑いながら、蘭はタコの形をしたウィンナーを食べている。女の子の作る弁当というのは、どうしてこう一々可愛らしいのだろう。ウィンナーなんてそのままだろうがタコだろうが、味なんて何も変わらないだろうに。
「でも、同じドラマ出てても、人によっては全然顔を会わせない人とかいるよね。私は最近快斗君に会ってないなー。でも新一君の顔はよく見てるから、快斗君に会っても久しぶりって感じしないかも」
「何言ってんだよ、オレの方が快斗よりも三割増しぐらいイケメンだろ」
「えー、二人の顔って本当そっくりだよ」
「オレの方が快斗よりも二重がくっきりしてる」
「わかんないよそんなの! もうね、新一君てばいつもこんな冗談ばっかり言うんだよ、おかしいでしょ」
新一はごく真面目に言っているのだが、どうしていつもいつも冗談扱いされるのか、これまた不思議でたまらない。言われた白馬はどこか困った顔をしている。
「名探偵がこんな冗談言ってるっておかしいよねぇ、ほんとに。ドラマと全然違うんだから」
でも、と蘭はすぐさま言葉を続ける。
「その点白馬君は、あんまり変わらないよね」
「え、そうですか?」
「うん。気障っぽい台詞は言わないけど、何ていうのかな、全体的な雰囲気っていうか。作中でもかっこいいけど、普段の白馬君もすごいかっこいいし」
「いや、そんなことは……」
帰国子女のハーフだというのに、こんなところは至極日本人らしい。謙遜する白馬をちらりと横目で眺めてから、「そうそう」と新一もまた口を開いた。
「そんなことねぇって。こいつ全然イメージ違うぜ。何せ普段は服部みたいな関西―――」
「わああああ工藤君! やっぱりこのお肉あげますね食べて下さい!」
無理やり口の中に焼肉を突っ込まれた。何をするのかと思ったが、焼肉は素直に美味しい。
もらえるものはもらっておこうと、もぐもぐと口を動かした。咀嚼する工藤の横で、蘭は目を丸くしている。
「……え、服部君みたいな、なに?」
「へ、平次君みたいな……平次君みたいな、その、大阪人というか、大阪が好きで! イギリスにいた頃から、何かずっと大阪に対する憧れを持っていたと言いますか」
「あ、そうなんだ。確かに白馬君が大阪好きって、何かイメージと違うなぁ。でも外国の人とかって、大阪好きだよね。あと富士山とか?」
「富士山も大好きです。日本の象徴ですよね」
うんうんと白馬は頷く。富士山や芸者に憧れを抱くのは典型的外国人だが、そんな典型的外国人の喋る日本語は、こってこての関西弁なのだからまったくおかしい。イメージ違いなんてところではない。
それでも別にそう隠す程のものではないだろうと新一は思うのだが、事務所に止められているという以前に、どうやら白馬自身が恥ずかしいようなのだ。美形ハーフの口から飛び出る日本語が関西弁だなんて、この上もなく面白いと思うのだが。俳優というよりは芸人のようで。
「白馬、さっきの肉の礼にこれやるよ」
「え、僕あんまりもやし好きじゃないんですけど……」
「好き嫌いしてるとでかくなれねえぞ」
「工藤君より大きいですよ」
モデルなのだから当然だろうとは思っても、冷静に言われると腹が立つ。新一は無言でもやしを全て白馬の弁当に乗せてやった。
「工藤君ひどい……!」
「もー、新一君てば。白馬君いじめちゃダメだよ」
快斗がいれば嫌いなものを押しつけてやるのだが、今日の撮影に弟はいないのだから仕方ない。好きじゃないと言いながらも、白馬はもそもそともやしを食べ始めた。白馬ともやし。これまた似合わない組み合わせだった。
「白馬君、良かったらデザートにりんご食べる?」
蓋を開けた小さなタッパを、蘭は白馬に向かって差し出した。中にはウサギ型に切られたリンゴが入っている。とたん、白馬が顔を輝かせた。
「わあ、これすごいですよねえ! うさちゃんリンゴ! 日本人て本当に器用ですよね。何で今から食べるリンゴをこんなに可愛くしちゃうんでしょうね、初めて見た時は本当にびっくりしました。今までリンゴなんて剥かずに食べることばっかりで……」
「……ん? 白馬今おまえ何つった?」
「え? ですから、日本人は本当に器用だなぁと。イギリスじゃリンゴなんて剥かずに食べるのが当たり前だったんですよ。まあ僕の家の話なんですけど。その点日本人は本当にすごいですよね、リンゴは必ず剥いてくれますし、その上こんな可愛らしい形に切るだなんて、まずその発想が本当に芸術的だなと」
思わず、蘭ともう一度顔を見合わせてしまった。そうしてから、ゆっくりと新一はタッパの中身を指差した。
「これが何だって?」
「うさちゃんリンゴ、ですよね?」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
男子高校生がうさちゃん。それも何らその言葉に疑問も抱いてないときた。それが正式名称だとでも信じ込んでいるかのような。
「……やっぱり新一君の言う通りかもね」
「な、だから言っただろ?」
「え、何がですか?」
イメージ通りの人間など、そうそういないということだ。
2. 憂鬱月曜
「ブルーマンデーってなに?」
携帯をぽちぽちいじっていた新一が、ふとそんなことを尋ねてきた。
頭は決して悪くないのだが、どうにも新一の知識は偏っているのだ。台本なんて一度読めば丸暗記できるくせに、いまだに洗濯機の使い方一つ覚えないのはどういうことだろうか。
「青い月曜日ってこと」
「月曜日は青くねぇだろ。青いのは土曜じゃね?」
「いや、カレンダーの色じゃないからね」
抜けている弟は可愛いのだが、仕事場で恥をかいても可哀相だ。ここは大人しく教えてやろうと、快斗はポテトチップスをつまむ手を止めた。
「憂鬱な月曜日って意味だよ。ほら、サザエさん症候群とか聞いたことねぇ? せっかくの土日が終わって、また月曜がくるだろ。みんな月曜の朝は気が重かったり憂鬱になったりすんだよ」
「だから何で月曜だと憂鬱になんだよ? 月曜アレルギーか何かか?」
「だからー、普通の人は大体月から金まで働いて、土日が休みなんだって。休みが終わってまた仕事なり学校なり始まるのが嫌だってこと。オレらは曜日に関係なく仕事してっけど、休み明けは気が重くなったりするだろ」
ここまで言えばわかるだろうと思いきや、新一はいまだ首を傾げている。そこまでバカになってしまったのかと不安になったが、ふと気づき眉を寄せた。
「新一さあ、丸一日オフの日があったとして、翌日仕事だなあって考えた時なんて思う?」
「よっしゃ、仕事だ、って思う」
「うわあああ、このワーカーホリック!」
信じられない。何だその精神は。
変なものでも見るような気持ちで、無意識に快斗はクッションを抱え込んでいた。そんな片割れの態度に、気分を害したかのように新一もまたむっと眉を寄せる。
「何だよ。おまえはそうじゃねえのかよ?」
「よっしゃとか普通思わねーよ! もう休み終わっちまうのかーとか次に丸まる空いてる日はいつだっけーとか、早くも気分は休みに飛んでるっつの!」
「じゃあ何でこの仕事してんだよ。仕事嫌なら普通に高校だけ行ってりゃいいだろ」
「……いやさあ」
新一の中では、仕事を持つ人間は全員その仕事を心から楽しんでいることになっているの
だろうか。もしそうであれば世界はどれだけ平和になることだろう。いや、ワーカーホリックが増えるというのは、あまり平和な世界ではないのかもわからないが。
「おまえこの仕事嫌なの?」
握っていたドミノを放り投げて、新一がすすすっとこちらに寄ってくる。どうやらもうドミノ並べには飽きたらしい。
「嫌だったらそれこそ辞めてるっつの。最近はマジック関係の仕事増えたから楽しいし」
「だって休みの方がいいって」
「仕事は仕事でやり甲斐もあるし楽しいけど、オレは遊ぶのも大好きなの。健全な男子高校生だから」
「人を不健全みたく言うなよ!」
「不健全だろ! せっかく仕事が早く終わったっつーのに、一人で延々ドミノ並べしてる高校生とか不健全極まりねぇっつの!」
「別にずっとドミノ並べてたわけじゃねえし。さっきは黒ひげ危機一髪で遊んでたっつの」
「……一人で?」
「一人で」
こっくりと新一は頷く。不憫すぎて何だか快斗は泣きたくなった。我が弟には友達もいないのだろうか。仕事仕事で高校にだってまともに通えていないのだから。
「うっうっう、オレがもうちょっと早く帰ってきてあげてたら良かったね、そうしたら一緒に樽にナイフ刺してあげられたんだけどね、黒ひげを思い切りそりゃあもう天井ぶちやぶるぐらいの勢いで吹っ飛ばしてあげたんだけどね」
「おまえ何言ってんの?」
精一杯の同情を向けた結果、弟からは心底からと思しき呆れの眼差しを頂くことになった。何とも理不尽な結末である。
「まああれか、日本中の人が好きな仕事に就いてりゃ話は別だろうけど、現実はそう甘くはねえもんな」
新一はどうやらそう納得をしたらしい。やはりどこかずれている、と快斗は思ったが、これ以上不毛な会話を続けることもないだろう。快斗は再びポテトチップスをつまみだす。新一も再びドミノを手に取ったが、今度はそれを横向きに床に並べ始めた。
もっと男子高校生らしく遊んでほしい、と思わずにはいられないのだが、まあ新一程の知名度を誇る俳優ともなると、それもまた難しいのかもしれない。近くに転がっていた週刊誌を引き寄せれば、そこの巻頭ページに載っているのは、コンビニに出入りする弟の姿だ。熱愛報道でないことにほっとすべきか、こんな些細な日常すらカメラに撮られてしまう弟を不憫に思うべきか。
「うっうっう、新一ってばこれだからコンビニ行くのも大変なんだよなあ、絶対スウェットとかで行けないもんね工藤新一はそんな格好しないもんね寝る時はちゃんとパジャマに着替えるもんね。ちょっとハメ外して遊んだりなんて絶対にできないもんなあそれにしてもこの写真カメラ目線すぎねぇ? 何でカメラ見つけるといい顔せずにいられないのこのかっこつけめ!」
「なあなあ、快斗」
すわ文句が飛んでくるかと、わずかに身構えた快斗を気にせず、新一はこれこれ、と床を指さしている。そちらに顔を向ければ、ドミノで描かれた『ヒマ』の二文字が出来上がっていた。
「……あー、二人で黒ひげ危機一髪でもやる?」
「何か仕事取って来て。あー舞台とかがいいな、舞台とか」
「そういうことは高木さんに言おうよ。オレ新一のマネージャーじゃねえんだから」
「高木さん今度舞台の仕事とってきてくんねぇかなあ。もうCMとか雑誌のインタビューとかそういうのはいいんだよ、演技する仕事がいいんだよ、本気の一発勝負のさあ! あの張りつめた空気とか緊張感って最高だよな。もうすげぇアドレナリン出まくりな感じで。サバンナで狩りするライオン時代思い出すもん、オレ」
「えっ新一いつサバンナのライオンだったの? オレの双子はいつライオンになってたの? オレの知らないところで一体何があったわけ新一の人生に?」
「あー舞台やりたい、舞台! 演技したい! 仕事したい仕事!」
そう言って元ライオン、もとい新一は床の上をごろごろと転がり出す。クッションを両足を挟んで放り投げる、なんて意味のわからない行動まで披露してくれる。
ブルーマンデーなんて言葉は、全く新一には当てはまらない。けれど敢えて言うのなら、こうした仕事のない日にこそ、どうやら新一は憂鬱な気分に陥るようだった。
[14.03.20]
14.03.16発行 A5/オンデマ/44P/\500