自慢ではないが、オレはそれなりにモテる方だ。
何せ顔も良ければ頭もよく、その上性格だっていい。そうして何より、ここ数年風邪すら引いたことのない健康体で、両親共に持病なんてものは持っていない。健康体。これは何よりも重要視される要素だ。なぜって健康でなければ子供は作れない。
「黒羽。おまえ、工藤と付き合いだしたって本当か?」
今日で一体、その台詞を聞くのは何度目だろうか。
「あー、うんー? ねぇところで今日のレポートって」
「誤魔化すなよ」
「いや誤魔化すつもりでは」
ただこの会話に早くも飽きてるだけで。
何せオレにとっては本日何度目かもわからない質問だ。もしかしたら、とっくに二桁の大台にも乗っているのかもわからない。けれどまあ相手にとっては、これが正真正銘初めての質問であるわけなのだ。めんどくさいことに。
「付き合いだしたって、本当か?」
「うんまあ」
「何で工藤と……!」
「あー、適合率が良かったから?」
と、いうわけではないのだけれど。
けれど、この場合一番適当な返答であることも確かだろう。見た目の好みとか性格的な相性とか、まあ付き合うに至って色々と気になる個所はあるだろうが、将来的なことを考えるのであればその中で一番重要なポイントは、やはり世間一般的には出産適合率なのだろうから。いや別にオレは工藤と将来的なことを考えているわけではないけれど。これっぽっちも。
「……適合率、そんなに良かったのか?」
「八十二、二パーセント」
「八十二、二パーセント……」
オウム返しに呟いて、目の前の友人は絶句する。
オレはどうにもいまだにそのすごさがわからないのだが、この数値を告げた相手は皆同様に絶句するのだから、途方もなくすごい数値であるのだろう。いやはや、一体どんな偶然の産物なのだか。
「まあ、そういうわけだから」
茫然とする相手をそのままに、オレはそそくさとこの場から逃げ出そうとした。
が、寸前でがっと手首を掴まれる。オレも驚くようなその素早さだった。一瞬の隙をつくかのような。
「おい……」
「俺とも検査を受けてくれ」
「はっ?」
「俺の方が工藤とよりも数値が良かったから、俺と付き合ってくれ」
「えー」
工藤と付き合いだしたのかと、そう尋ねてくる相手は男女問わず何人もいたけれど。
さすがにこの切り返しは初めてだ。どうしていいものかとオレも悩む。
「工藤とは受けたんだろ? なら、俺とだっていいはずだろ。適合率で相手を選んでんだろ?」
「い、いやあ? 単純にそういうわけでも……ないような……」
「とにかく、俺とも受けてくれ。数値が低ければ大人しく諦める。なあ、いいだろ黒羽。俺にもそのぐらいのチャンスをくれたって」
ずっと前からおまえのことが好きだったんだから、なんて。
面と向かって言われたら、オレはどうすればいいのだろう。しかも教室のど真ん中で。周りに座っていた友人達は、「お取り込み中のようだから」と言わんばかりの様子で、さっさと出て行ってしまうしこんにゃろう。
「なあ、いいだろ、黒羽」
「……あー、うーん」
検査を受けるには、少しばかり血液を採取する必要がある。もちろん工藤との検査にもオレの貴重な血液を提供してやった。それで工藤が大人しくなるのなら安いものだと思ったのだが、まさかこんなことになろうとは。
「頼むよ、黒羽。俺、本当におまえのことが―――」
「黒羽」
突如割りこんできた声に、オレはおよっと目を見開いた。何てまあいいタイミングで登場してくれることだろうか。今日ばかりは感謝してやってもいい。
「……何やってんだよ。一緒に昼飯食う約束だろうが」
そんな約束してただろうか。
オレが内心で首を傾げているのと、そんなオレを工藤が少々乱暴に引き寄せたのは同時だった。奴の腕が手首から外れる。
「こんなところで油売ってんじゃねえっつの」
「えー」
オレだって好きで油売りなどしていたわけではないのに。少々腹が立ったから、素直にそう言い返してやろうと顔を向ければ、思いの外工藤の顔は近いところにあった。
思いの外というか。
いやもう何でこんなに近いのかってぐらい近くに。
「ちょ、工藤、顔近―――ッ」
オレの文句を最後まで聞かずに、オレの口は塞がれてしまった。
滅多にないパニックだった。人間驚きすぎると声も出ない。いや出そうにもその口が塞がれているわけなんだけど。馬鹿のように棒立ちになるオレの口を、工藤は好き勝手に弄んでくれた。いい加減に息が苦しい。オレを殺す気か。
「……人のもんに手ぇ出すんじゃねーよ」
声は、オレに向けたものではなかった。
そこでようやくオレは気付いたのだ。工藤の機嫌がかなり悪いということに。そうして、ここは教室のど真ん中で、オレ達の貸し切りではないということに。気付いたというか後半は思い出したといおうか。
そうしてそんな状況で、この探偵野郎は人にいきなりキスなどかましやがったのだ。
「いいか、今度こいつに近づきやがったら」
「オメーこそオレに近づくんじゃねーよこの馬鹿探偵っ!」
「あだっ」
背中に渾身の頭突きを食らわしてから、オレは脱兎のごとく教室を飛び出した。周りに人がいなければ泣き出したい。泣き出すとまではいかなくても叫びたい。
「……おい、待てよ、黒羽!」
オレの頭突きを食らっても倒れないとは大したものだ。常であれば素直に感心したところだろうが、さすがに今日ばかりはそうもいかない。
「待てっつってんだろうが!」
人の数も多い廊下でまさか全力疾走するわけにもいかず、追いかけてきた工藤にオレはやすやすと捕まってしまった。いっそ窓から飛び降りてやろうかとも思ったが、これ以上人の注目を浴びてどうするというのだ。このイケメンぶりでもって、元々オレは人の注目を集めやすいというのに。
「ったく、思い切り頭突きしやがって、オメー自分の頭の硬さわかってんのかよ?」
追いかけてきて真っ先に出てくるのが文句の言葉か。怒りのボルテージはぐぐんと上がる。
「……人に文句言う前に、自分が何をしたのかちょっとは考えてみたらどうなのかなぁ?」
「はあ?」
「はあ、じゃねえよ! 自分が何したかわかってんのかよ!? あんな人が見てる前で、おまえ……っ!」
「あぁ」
何だそんなこと、と言わんばかりの声音で、工藤は小さく肩をすくめた。反省の色が見えないばかりか、どことなく満足そうにすら見えるのはオレの気の所為なのだろうか。
「まあ、あのぐらいやっときゃ、おまえに手ぇ出そうとする奴もいなくなるだろ」
「……は? 何それ。つまり人がいるのわかっててやったわけ?」
「オレのいないとこで手ぇ出されたくねえからな」
目的は達成したとばかりに、工藤は晴れやかな笑顔を浮かべる。
こいつのこういう、目的のためには手段を選ばない辺りは、本当人間としてどうなのだろう。あるいはもしかしたら、探偵としては正しい姿なのかもわからないが、オレ個人としては御免こうむる。
「……なあ工藤」
「何だよ」
「何かもう無理。別れようぜ。この瞬間にオレ達もう赤の他人な。いや元々他人だけどはいじゃあさようならー」
「はあっ!?」
それじゃあと手を振って、オレはくるりと踵を返した。
待てこら、とすぐさま肩を掴まれてしまったが。
「こら、どういうことだよ! 付き合いだしてから、まだ昨日の今日じゃねえか!」
「昨日の今日で、人前でいきなりキスする人とかちょっとねえ? オレの感覚的に無理。もう無理。大丈夫別れてもいいお友達でいようね。オレが寝てた分のノートは後で見せてね」
「だからそれは! オメーだって前から散々言ってたじゃねえか、色んな奴に言い寄られて迷惑してるって!」
「迷惑してるとは言ったけど、だからって別に人前で恥かかされたいとは言ってませんし? つーかさあ、おまえのそういう手段選ばねぇところマジで無理だから! 付き合いきれねえっての!」
「せめて三カ月ぐらいは付き合ってから言えよそういう台詞は! おまえこそその我慢の足りねぇ性格少しはどうにかしろってんだよ!」
「うっせえな二日目で人のファーストキス奪っておいて何だよその言い方はよ!?」
売り言葉に買い言葉。
思い切り叫んでしまってから、オレはすぐさまはっとした。はっとしたが遅かった。
「いや違うんだけどそうじゃないんだけど、オレが今言いたかったのはそういうことではないんだけど」
「……初めてだったのか?」
「だから違うんだって今のは何かぽろっと口から出ちゃったけど、オレが言いたいのは本当そういうことじゃなくておまえの根本的な性格についてであって」
「初めてだったんだな?」
神妙な顔をして工藤は言う。
だからどうして急にそんな顔になるんだ。さっきの流れで怒鳴り返すか、いっそ笑ってくれればまだマシなのに。何で急にそんな。そんな。
「ええとだから」
「悪かった」
「へっ!? いや何で急にそんな」
「初めてだとは思わなかったんだ。おまえが色んな奴に声かけられてたのは知ってるし、てっきり高校時代にだって何人かと付き合ってたのかと」
「あはははー」
そんな青春時代が送れたらどれだけ良かったことだろう。謝罪をされているのに、どうして泣きたいような気持ちになるのだろう。
神妙な顔のまま、工藤は言葉を続けてくれた。
「本当に悪かった。もうこんな真似はしない。約束する」
「……おお、そうしてくれるのなら」
そんな感じで頷いてしまい、気付くと別れ話は立ち消えていた。
別れ話は立ち消えたが、教室の次は廊下のど真ん中でそんな会話を晒してしまったオレ達は、一躍時の人となったのだった。まったくもって嬉しくないことこの上もない。
[14.10.17]
14.08.24発行/14.10.12完売 A5/コピー/32P/\300/R18