「実はさぁ、オレ、工藤のこと名前で呼びたいんだけど」
「好きに呼んだらええやろそんなもん」
 ここ最近の悩みを決死の思いで吐き出したというのに、コンマ一秒で返ってきた台詞は情け容赦のないものだった。
 呼べるものならとっくに呼んでいる。そんなこと、少し考えればわかるだろうと思うのに、こいつはこれでも本当に探偵なのだろうか。いっそ疑いたくなってくる。
「まあまあ、服部君。そう突き放すものでもないだろう? 黒羽君だって、そうできていたら最初から僕らに相談なんてしないだろうからね」
「白馬……っ」
 同じ探偵だというのにこの違いだ。
 普段は少々鬱陶しく思うこともないわけではなかったが、やはり持つべきものは友達だ。こと恋愛関係の話題においては、やはり服部よりも白馬の方が断然頼りになると言ってもいいだろう。
 何せあの工藤からも、「服部はその手の話題では当てになんねぇよ」と言わしめる程の相手なのだから。ある意味で貴重な人材だと黒羽は思う。貴重なだけで全く役には立ってくれないのだが。
「そうは言うてもなぁ。そないな話、オレらに相談されてどうしろっちゅーねん。オレらから工藤に話しをつけるってもんでもないやろ? まったく、アホくさくてしゃーないわ」
「元々、僕らから話をつけてほしいわけではないのだろう、黒羽君?」
 全て見透かしているかのような顔で白馬は微笑む。こうした態度が、ふとした瞬間にわずらわしく思えて仕方ないのだが、今日ばかりは話は別だ。
「そうなんだよ、別にオメーらにどうこうしてほしいってわけじゃなくてさ……! ただちょっと、話を聞いてほしいっつーか、意見を聞かせてほしいっつーか、その程度のことでよぉ!」
「意見いうたって、んなもん何もあらへんがな」
「もういいオメーの意見は聞いてねぇから。黙って水飲んでろ。そんで帰れ」
「……それが人を呼びだしておいた奴の態度かいな!」
 憤慨したように服部は叫ぶ。だが、それは黒羽も同じだ。人が困っているのだから、せめてもう少し力になろうという態度を見せたらどうなのだろう。
 はなから『どうでもいい』という態度を見せられたのでは気分が悪い。そうした様子は、どこか工藤にも通じるものがあると思う。何だ、探偵というのはそういった輩ばかりなのか。
「まあ、仮にも君も探偵なら、もう少し人の話を真摯に聞く態度を心掛けてもいいんじゃないかな、服部君」
「……そこまで言うんやったらなぁ、白馬。自分は当然、この黒羽のしょーもない戯言に、さぞかし! ご立派な返事ができるんやろなあ?」
「そうだね」
 服部の口元は目に見えて引きつっている。それに白馬も気づかないわけではないのだろうが、気にした様子もなく紅茶をすする。
 わずかに考え込んだような素振りを見せてから、白馬は小さく微笑みを浮かべた。
「うん、黒羽君が好きなように呼んだらいいんじゃないのかい?」
 思わず額を思い切りテーブルに強打した。
「……何やねんそれ! 言ってることはオレと同じやないかっ!」
 さすが関西人。黒羽の言いたかったことを、即座に突っ込んでくれるのだからありがたい。恋愛の機微に疎かろうが、服部には服部の良さがあるのだと実感した。
「結果的にはそうなってしまったけれどね。でも、同じにはしないでもらいたいな。君は何も考える前に口を開いていたようだったけれど、僕はきちんと考えた上で返事をしているわけだからね。一緒にしないでくれ給え」
「一緒もクソもあるかい! もったいつけた分、自分の方が性質悪いやないかい!」
「失礼な」
 黒羽にしてみればどっちもどっちだ。
 とりあえず、この手の相談事に友人達が向かないことだけはよくわかった。もう二度と相談なんてするものかと心に近いながら顔を上げる。額がひりひりとする。
「何やねん、自分ほんまに! 真面目に聞いとったオレがアホみたいやないか!」
「……いやあ、まぁ、何かいいよ、うん。もういいよ。オレが悪かった。オメーらに相談なんかしようと思ったオレが悪かったんだ。ごめんな。とりあえず水飲んで帰ってくれ」
「だから黒羽、何で追い返そうとすんねん!」
 黒羽だって友人を追い返したいわけではないが、けれどこれ以上どうしろというのだろう。いつまでも三人、ファーストフード店のカウンターに並んで腰かけていたって仕方ない。
「だけど、黒羽君」
「もういいよ。おまえのことはほんのちょっとは当てにしてたんだけどな、服部よりかはまだマシだと思ってたんだけどな、でももういいんだよ。だからおまえも黙ってそのポテト食ってろってほら」
「冷めると不味いことがわかったので結構だよ。……そうではなくて。でも真面目に、これは僕らが口を出すようなものではないと思うんだよ。特別なアドバイスが必要なものだともね。だって君たちは付き合っているんだし、なら名前で呼ぶのだってごく当たり前のことだろう? そこで僕らのアドバイスを必要とする君の考えがそもそもわからないな」
 とたんに真面目な顔をして言われる。いや、いつだって白馬は真面目な顔をしているわけだが。服部とは違って。
「そうやそうや。その……付き合うてるんやから、名前ぐらい好きに呼べやいい話やろって」
 白馬と違って、服部はその手の言葉を口にする時、どうにも口ごもることが多い。男同士のそういった付き合いが、イレギュラーなものであるということは十分よく理解していたから、まあ服部の気持ちもわからなくはない。
「……だからな、そりゃわかってるんだよ。わかってるけど、どうやって呼び始めればいいのかとか、改めてそんなこと言うのってどう思われるのかなとか……」
「どうやっても何も、普通に呼べやいい話やろって。工藤だってそんなん、別に嫌がりもせぇへんやろ。驚きはするかもわからんけど」
「何だよ! 簡単に言うけどなぁ、服部だって工藤のこと名前で呼んでるわけじゃねぇだろ!」
「アホ、何でオレがわざわざ工藤のこと名前で呼ばなあかんねん」
 名字で十分や、と服部は吐き捨てる。
 確かにただの友人同士、それも男相手であればなおさらだ。黒羽だって、服部のことを名前で呼びたい等と思ったことは一度もない。
「……だって工藤だからさぁ」
 黒羽はカウンターテーブルに突っ伏す。ついでとばかりに、腕を伸ばして白馬の前からポテトを一本盗みだしたが、案の定冷めたポテトはあまり美味しくはなかった。
「まあ、そうだね。相手が工藤君だと思うと、尻ごみしたくなる気持ちはわからないでもないけどね」
 続けて何本かポテトをつまんでも、白馬は文句などは言わなかった。もう冷めたポテトなどどうだっていいのだろう。最初から、あまりこの手のファストフード店は好きではなさそうな素振りだった。
「何やねんそれ」
「何となくだけど、工藤君は他の学生とは違う雰囲気があるなと思ってね。もちろん、名の知れた探偵だからという先入観はあるかもしれないけど……でもやっぱり、纏う空気というのかな。そういうものが、他の学生とは違う気がするよ」
「……オメーもそうだけどな」
 ポテトをかじりながらの黒羽の台詞は、白馬の耳に届いてはいなかったのかもしれない。
 学生という身でありながらも、いち早く社会に出ている工藤は、恐らく周りの学生たちと比べても大人びていると言えるのだろう。それが近寄り辛さに繋がっている場合もあり、逆に人目を惹く場合にもなっていたりで、何とも忙しい奴だと思う。でもそんなところがやはり好きなのだ。
「でも、今更そんなところに怖気づく君じゃないと思っていたけれどね」
「別に怖気づいてるわけじゃねーって」
 からかうような視線を向けられて、つい憮然とした声音を返してしまう。ポテトばかりつまめば口の中が乾燥し、残ったコーラを何口かすすった。
「ただ、何かこう……工藤の反応が予想つかねぇっていうか……や、付くんだけど! 付くんだけど、こう、別に喜びはしねぇんだろうなーっていう……」
「あぁ」
 頷いたのは、白馬ではなく服部だった。
 白馬よりも黒羽よりも、一番工藤との付き合いの長いのが服部である。些細な差だと日頃は思っていたが、けれどふとした瞬間にやはりそれを意識しては落ち込んでしまうのだから、もう本当にどうしようもないと我ながら思う。
「そうやなぁ。名前で呼びたいなんて言われて、喜ぶ工藤なんてそれこそ想像もつかんしなぁ」
「……だよなぁ」
 嫌がられなければいい。高望をしているわけではない、傍にいられるだけでも本当に十分なのだ。
 けれど例えば、逆のことを自分が言われたとしたら。名前で呼んでほしいと、そんなことを工藤から言われたりしたら。
「……あ、でも、似たようなことはあったんだった」
 そうだ。
 忘れていたわけではないが、頭から抜け落ちていた。
「何や。あったんかいな」
「うんよく考えてみれば。そうだよ、入学したばっかの時にあったんだよ。確かにあったんだよ!」
「前例があるのなら、今回だって簡単なことに思えるけど」
「そうなんだけど……!」
 以前は呼び方が呼び方だった。
 何せ怪盗と名探偵だ。思い返せば、あれは工藤自身の希望というよりかは、そうせざるを得なかったと言う方が正しいのではないだろうか。工藤が言い出さなかったとしても、人前で名探偵呼びなどはさすがに黒羽だってしないし、工藤の方は当然、黒羽を泥棒呼ばわりするはずもなかっただろうと思う。思いたい。
「というか、以前は何と呼ばれていたんだい?」
「そこはまあな、あんま人のプライバシーに口を突っ込むのも良くねぇぞ白馬」
「……まあ、聞かんでもわかるっちゅー話やな」
 そう言うのなら、せめて黙っていてほしいと思う。工藤の前例があるとしても、それは異例中の異例であり、自分から正体を公言して歩く気はさらさらないのだ。
 それにしても、思い返せば悔しくてたまらない。あそこで勢いでも、工藤を名前呼びすれば良かったのだ。そうすればきっと、工藤も条件反射で名前呼びを返してくれたに違いない。今にして思えば、あれは千載一遇の機会だった。それを自分は逃してしまったのだ。
 一度その機会を逃してしまったからこそ、どうにも次の一歩が踏み出せない。
「……うわあああああっ」
 自分はどうしようもない馬鹿だ。そう思えてたまらない。
「急にどないしたん、黒羽」
「……何を悲観しているのか知らないけれどね、ここで僕ら相手に愚痴を吐いている暇があったら、直接工藤君に聞いてみればいい話じゃないか」
「だから、それがっ! 難しいんだってことをだなっ!」
 名前で呼んでいいかと尋ねたとする。
 工藤は嫌がりはしないだろう。けれど喜びもしない気がする。そうして驚かれるだけならいいが、一瞬でも困惑したような、迷惑そうな顔をされたら、それだけで死んでしまえると黒羽は思うのだ。
「怖いんだよ聞くのがっ!」
「……何や、怯えてるだけかいな」
「だけって言うけどな……!」
 はたから見れば本当に、どうしようもない理由で延々悩んでいるのだろうとわかっている。わかっているがしかし、これは黒羽にとっては死活問題なのだ。ほんの少しであろうとも、工藤に嫌がられるようなことはしたくない。工藤にとって名字呼びが一番ベストな状態なのであれば、そのままでいいとも思うのだ。
 思うがしかし、恋人なのだから。
 服部や白馬を始めとする友人達が、揃って「工藤」と名字で呼んでいるのだから。
 その中で自分はせめて、名前で呼びたいと。そう思ってしまうことのどこが悪いのだろう。恋人としては当然のことではないのか。
「だけど黒羽君。いつまでも怯えていたって仕方ないだろう。ただ少し尋ねるだけのことじゃないか」
「何だよ、オメーらはそうやって簡単に言うけどな! 言うだけなら楽なんだよ! そう言うのならやってみろって、工藤相手に!」
「僕でいいのなら」
 あっさりと白馬は頷いた。
 あまりにもあっさり頷くものだから、黒羽は反射的に目を丸くしてしまった。横で、同じく服部も目を見開いている。
「あぁ、ちょうど良かった。……工藤君、こっちですよ!」
「えっ」
 白馬は軽く手を上げる。休日で混み合うファストフード店にいるとは思えぬ程、それは優雅な仕草だった。例えば、洒落たカフェにいる様が似合うような。そうだ、本来なら白馬にはそういう店が似合うのだ。本人だってそういった店を好んでいるだろう。
「よ、白馬。悪いな、邪魔しちまって」
「とんでもない」
「え、えっ」
 トレイを片手に、やってきたのは黒羽の恋人だった。昨日は事件だとかで丸一日大学には来なかったから、顔を合わせたのは二日ぶりのことだった。
「何や黒羽。工藤も呼んでたんか?」
 まさかそんな。
 工藤のことを相談するのに、どうして本人を呼ばなければならないのだ。ぶんぶんと首を横に振る黒羽を横目に、白馬はにこやかに工藤に声をかけた。
「ところで工藤君、折り入ってお願いがあるんですが」
「何だ、そのために呼んだのか?」
「いえ、そうではないんですがね」
 白馬は小さく微笑む。白馬の隣、一番端の席の腰掛けながら、工藤はコーヒーに口をつける。白馬を挟んだこの距離がもどかしい。
 大方、白馬が工藤を呼んだと見て間違いはないのだろう。相談があると白馬を呼びだした時点で、それが工藤絡みだと読まれていたことは仕方ない。
けれどいつの間に、白馬はここまで工藤と親しくなっていたのだろう。突然呼び出せるまでに。黒羽だって、工藤に突然の誘いをかけるには、そうとうな勇気をかき集めているというのに。
「何だよ、頼みって」
「えぇ、その。迷惑でなければ、下の名前で呼んでもいいですか?」
「……なっ、白馬ぁっ!?」
 飲みかけのコーラを、そのまま吹いてしまうところだった。わずかばかり飛ばしてしまったような気もするが、そんなことは些細な問題に過ぎなかった。
「なっ、ちょっ、何……っ!」
「おぉ、別に構わねぇけど。じゃあオレも探って呼んでいいか?」
「もちろん」
 笑顔で白馬は頷く。工藤もまた微笑を浮かべながら頷く。
「……どういうことっ!?」
「うるせぇぞ黒羽」
「だって工藤……!」
 ぱくぱくと口を動かしてしまう。くるりと黒羽を振り返った白馬は、さも当然のような顔をして言う。
「ほら、黒羽君。こういう風にして言えばいいんですよ。簡単なことでしょう?」
「おま、だからって……!」
「あ、簡単って?」
「あぁ、いえ。黒羽君が悩んでいるんですよ。工藤君……新一君のことを、名前で呼びた……」
「ぎゃああああああああっ!」
 ここが店内だということも一瞬忘れ、黒羽はあらん限りの声を上げた。当然店中の注目を集めることになったがどうでも良かった。
「だから、うるせぇって言ってんだよオメーは」
「だって……っ!」
 伸びた足が、容赦なく黒羽の尻を蹴り上げる。無駄に長い脚というのも困りものだ。黒羽と工藤の身長は同じで、ついでに言えば座高から足の長さまでも全て同じようなものではあったが。
「名前で呼びたいなら呼びゃいいだろ」
「な……っ」
「あ、ポテト貰っていいか、白……じゃなくて、探」
「えぇ、どうぞ。だけどこれ、冷めててもう美味しくありませんよ」
「あー、冷めるとな。すぐに不味くなるよな、これ。揚げたては美味いんだけどなぁ。本当その一瞬だけっていうか」
 黒羽を余所に、二人はポテト談義に弾んでしまう。金持ちのボンボン同士、こうしたファストフード店では思うところがあるのかもしれない。黒羽にはまるでわからない。
「……まあ、良かったやないか。これで工藤のこと、名前で呼べるようになったんやろ?」
 横から服部に言われる。どこか場を取り繕うような声だった。良かったと言われても、まるでそうは思えないのはなぜだろう。
 なぜだろう、なんて。
 隣から、まるで旧知の友人同士であるかのように、それはもう親しく名前を呼びながら、いつの間にかホームズ談義に弾んでいる二人がいるからなのだが。工藤のそんな高揚した顔を、自分と二人きりでいる時には、ついぞ見たことがないと思えば心底から落ち込む。
「……オレって何なのかなぁ。何でここにいるんだろ」
「おいこら、オレを置いて一人で急にたそがれるなや」
 黄昏ながらも、けれど耳はしっかりと工藤の声を拾っている。一通りのホームズ知識はあるが、けれど黒羽にそこまでの熱意は無い。同じホームズ好き同士、会話が弾むのは致し方ないことなのだろうとわかっている。
 呼びたいのなら呼べばいいと。
 簡単にそう、工藤は言ってくれたけれど。
「……だからいつそう呼べばいいんだって」
 今度はそんなことで悩んでしまう。生きているだけ悩みなんて尽きないものなのかもしれないが、工藤といるだけでそれこそ黒羽の悩みは次から次へと溢れてくる。
 新しいポテトを買ってくると言って、服部は席を立ってしまった。
途切れる気配のないホームズトークを聞きながら、黒羽はコーラをすすった。自分以外のだれかと、工藤が楽しげに会話をしている姿なんて見たくはない。見たくはないが、けれど声を聞けるだけで嬉しいと思ってしまうことも確かだった。
 重病なのかもしれない。
 キッド姿でしか会えなかった頃なんて、ただ一目その姿を見れただけでも、幸いだと思っていたぐらいだというのに。
「おい、こんなところで寝る気かよ、オメーは」
 机に突っ伏せば、頭を小突かれる。
 工藤は白馬を挟んで座っているから、今はきっと腕を伸ばしているのだろう。そう考えただけでも笑みが漏れた。どんな理由であれ、工藤に構ってもらえることが嬉しくてたまらなかった。
「……寝るわけねぇだろ」
「寝たら置いてくぞ」
「だから寝ねぇっつの」
 せっかく工藤がいるのに。そんな中で寝るなんて、もったいないことができるはずもない。両腕を枕にしたまま、わずかに顔を右に向けた。工藤の顔を見て微笑む。
「……何だよ」
「別にー?」
 今日も工藤はとんでもなくかっこいい。そう思っただけだった。
「ゲームすんのか? オレもやる」
 さあちょっと一戦しましょうかねと、テレビに繋がれたハードに手を伸ばせば、今までソファに寝っ転がっていた新一がいそいそとやってきた。オレは思わず舌打ちをもらす。
「何だよ。本読んでたんじゃねぇのかよオメー」
「あれもう三回目だから。何するんだ? あれにしようぜ、あれ。カーレースのやつ」
「三回目だって問題ないだろ熟読してろよ。つーか一緒にやるとか言ってねぇからオレ! 一人でやりてぇんだよ!」
「そのゲーム機うちのだぞ」
 むっとしたように新一は言うが、そんなことはわかっている。あからオレも正々堂々言い返してやる。
「でもゲームソフトはオレのだから問題ねぇだろ」
「んじゃ家で一人でやってろよ。何でオレんちでやろうとすんだよ」
「バーロ、オレんちにPS3ねぇの知ってんだろオメー」
「ねぇのに何でソフト買うんだよオメーこそ馬鹿じゃねーの?」
「だからここでやろうと思って買ったんだよ! こっち来てる間しかできねぇんだから一人でやらせろっつの!」
「知るかよんなこと! んなもんオメーが自分でハード買えばいい話じゃねーか偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」
「はいはい二人とも、喧嘩するなら外でしましょうねー」
 テーブルに紅茶をコーヒーをそれぞれ置いていってくれた有希子さんが、ついでとばかりにオレと新一の頭を叩いて去っていく。
「新一も快斗君も、仲良く遊ばないんだったらゲームは禁止にするわよ。それでもいいの?」
「オレは何もしてねぇだろ! こいつが嫌がってんじゃねぇかよ。ったく、このゲーム機だれのだと思ってんだよ!」
「それ、優作が貰ってきたやつでしょう? 息子さんがいるのならってプレゼントしてくれたらしいけど、新ちゃんが自分で買った物でも何でもないでしょう。偉そうなこと言わないのよ」
「……どっちにしろうちの物なことには変わりねぇだろ。なのに何でこいつが好き勝手使おうとしてんだよ、おかしいだろ……っ」
「好き勝手なんて使おうとしてねぇよ! ただな、オメーが破滅的にゲーム弱いから、一緒にやんのは嫌だっつってんだよ! 探偵ならわかれよそんぐらい!」
「何だよ破滅的に弱いってオメーっ!」
 怒鳴りながら、新一が拳を握る。オレはそれを避けて反撃の構えを見せる。見せたがしかし、有希子さんが笑顔でこちらを見ていることに気付いて、どちらともなく絨毯の上に座り直した。
 あまりヘマをこくのはまずい。何がまずいって、有希子さんとうちの母親は仲がいい。今のあらましを伝えられて、今日の夕飯がさの付くあれになったりしたら非常にまずい。
 そんなわけで、オレは大人しく新一と一緒に遊んでやることにした。新一の希望通りのレースゲームで。何て心が広いのだろう。
「……オメーしっかりやれよ」
「いつもやってるって」
 軽く新一は応えてレースは始まる。
 始まってそうそう、何でこいつは逆走しているんだろう。
「おっまえなあああっ! どっち向いて! どっち向いて走ってんだよ! 何で逆走してんだよどこ目指してるんだよオメーはっ!?」
「……あ? あれ、オレもしかして逆走してる?」
「もしかしてじゃなくてしてんだよ! 今! オレが! オメーの横通り過ぎたじゃねーかよっ!」
「あー、反対車線かと思った……」
「レースゲームにんなもんあるかあっ!」
 ちょっと待てよ、と言いながら、ゆっくり車を止めた新一は方向を変える。待てよとは、一体だれに向かって言っているのだろう。当然他の車が待つわけはない。オレだって然り。
 オレは一位でゴールを切り、新一はビリでゴールを切った。当然の結果だった。わかりきった結果だった。つまらない。
「……つまんねーな」
 この上、オレの台詞を奪わないでもらいたい。
「あのな、それはオレの台詞だっつーの」
「何だよ。一位でゴールしといて何がつまんねぇんだよ」
「勝負にならなかったんだから当然だろ! あのな、これイージーモードなんだぜ? 一番簡単なやつなんだぜ? なのにオメーはこれとか……逆走してるとか……!」
 いっそ虚しすぎて悲しくなってくる。日頃ゲームなんてしないであろう青子や蘭ちゃんだって、もう少しまともなプレーを見せてくれるに違いない。
「うっせーな、オメー程やってねぇんだから仕方ねーだろ。つーか、一緒にやってんだから少しは手加減ぐらいしろよな」
「手加減してどうにかなるレベルかよ、これ! オレがどんだけ手加減したって、オメーが逆走してる以上どうにもできねぇよ!」
「逆走逆走ってうるせぇなオメーは本当に! 久々にやったから調子狂ったんだよ! 次はんなことしねぇよっ!」
「……いやぁ、もう」
 お腹一杯です、とオレは言いたかった。
 でも新一は気にせず、次のメニューを選んでしまう。
 とりあえずオレは、目を瞑ったままでも、そのコースをゴールできるようになってしまったとだけ言っておこう。

-------------------------------------------------------------------------
お題を元にした短編集2編入り。「Hello,knockin!!」の方は、TOPから繋いであったお題をサルベージしています。
サイトに上げていたのは9話までで、本の中では17P分程。その部分に関して加筆修正などはありません。
「Hopping Love hour」は新作で、付き合いたての大学生な二人の話です。割と3/4組な雰囲気。
始終快斗がぐだぐだと悩みつつも、それなりに工藤さんと仲良くやっています。多分。

[12.08.10]
12.8.19発行/13.04.25完売