主人と使役獣



 主人と使役獣 4

「……隠し事すんなよ。オレさ、一応はおまえの主人だろ?」
 一応は、きちんと使役の契りを結んだのだ。そのはずだ。
「あー……」
 珍しくも、困惑しているかのような、新一の声だった。
 やっぱり、何か病気にかかっているのか。振り返ろうとしたけれど、片腕の拘束は強くそれもできない。
「……気が立ってたか」
 自覚が無かったのか。
 思わずそう言い返してやろうかとも思ったが、余計なことは言わない方がいいだろう。命は大事にするに限る。
「おまえから見て、気が立ってたか? オレ」
「あー、いやぁ、まあ……」
「答えろよ」
「……いや、まあ、それなりに」
 少なくとも、苛立ち紛れに火炎を吐き散らす程度には。
「そっか」
 新一は静かに頷いた。そうして、後ろからオレの肩へと顎を乗せてくる。今炎を吐かれたら、オレはとたんに丸焦げだなぁと、そんなことをつい考えてしまう。
「あー、そういやぁそろそろか……やっぱ自分ではわかんねぇもんだな。前もそういや、父さんに言われて気づいたけど……」
「う、うん?」
 まるで話がわからない。瞬きを繰り返すしかないオレには、ただ後ろで「そうかそうか」と頷く新一の気配だけが伝わってくるだけだ。
「……あのー?」
「そういう時期だったんだな」
「いやだから、そういう時期って?」
「自分でもな、ちょっと気分が落ち着かねぇとは思ってたんだけどな」
 それだけなのか。
 気分が落ち着かない程度でこの様子なら、気が立った時にはどうなってしまうのか。考えることも恐ろしく、オレは思考を放棄することにした。何も敢えて自分を恐怖に陥れることもないだろう。
「時間が経つのって早ぇよな」
「……あの、オレにもわかるように話してくれる?」
 新一の独り言を聞いていても、何が何やらさっぱりだ。
 酒瓶を、そのまま傾けている様が視界の隅に映る。酒に強いのは結構なことだが、もう少し味わったらどうなのだろう。だれが稼いだ金で買っていると思っているのだか、まったく。
「だからな、そういう時期なんだよ」
「そういうって?」
「発情期だな」
「……は」
 当たり前のように告げられた言葉に、オレは文字通り言葉を失った。
「……マジで」
 新一は生き物だ。モンスターだ。モンスターにはそれぞれ発情期があるものだ。そうして出産を終えたばかりの母親は気が立っているものだったりもするから、その辺りも考慮して旅路を選ばなくてはならない。旅には色々な危険が付きまとう。
「……あー、発情期って」
 病気ではないらしい。
 なら良かったと、そう単純に考えることもできない。
「め、雌竜に会いに行く……?」
 振り返りながら尋ねた。と言っても、新一の顔を見るには足りない。
「この辺りに、ちょうどいい雌竜なんているかよ」
 オレにはわからないが、新一がそう言うのならそうなのだろう。どこにどんな町があるのかをオレが知っているように、どこにどんな竜が住んでいるのかは、新一の方が熟知しているに違いない。
「そ、そうか」
 だとすれば、一体どうすればいいのだろう。そもそもモンスターにとっての―――いや、新一にとっての発情期というのは、一体どういうものなのか。
 オレは精一杯に頭を働かせる。働かせたところで何が浮かぶというわけでもないのがまた辛い。
 発情期と言えば、モンスターが交尾に励む時期だ。種族によっても、またその時期は違う。動物だって発情時期が違うのと同様だ。
「……えぇっと、前にも発情期を経験したことがあるって、さっき言ってたけど、それは本当に……?」
「そりゃ、この年だからな」
 新一は一体幾つなのだろう。
 オレと同い年ぐらいにも見えるが、それはあくまでも仮の姿だ。かと言って竜の姿を見ても、オレにはその年齢なんてとんと検討がつかないのだから困る。
「そ、その時は、どうやって乗り越えたわけ……?」
「どうやってって、別に」
「別に……?」
「周りにだれもいなかったからな」
 父さんと母さん以外、と。
 つまりオレに出会うまで、新一は両親と暮らしていたのだろう。子供としては当然のことだ。
 周りに両親しかいなければ、確かに発情したとしても、どうすることもできないだろう。それは容易に想像がつく。
「適当に過ごしてたら、まあいつの間にか終わってたな」
「適当に……」
「……まあ終わった後で、親父には叱られたけど」
 新一の親父。
 あれか、例の、尻尾を千切った親父かとオレは思わず震える。オレに尻尾はないけれど、身体の一部を千切られるだなんて冗談ではない。それも実の父親にだなんて。
「……そりゃまた大変なことで」
「だよなぁ。山の一つや二つ消したところで……」
 漏らされたため息にオレはまた震える。親父が親父なら息子も息子だ。何だこの親子は。オレにはまるで理解できない。人間の理解の範疇を軽く超えている。
「いやあ、でも、前にも乗り越えたことがあるんなら、今回も楽勝だよな……?」
 唯一の希望はそこにある。
 確認も込めて尋ねたオレに、新一は拘束の手を強めた。それ以上強くされたらオレは死にそうだ。
「どうだかな」
 その不安になる返答を、お願いだから止めてくれないものだろうか。
「……どうだかなって」
 他でもないおまえのことだろう。どうしてそんな他人事めいた答えなんだ。止めてくれ本当。心の底からのお願いだ。
「前の時には、周囲には両親しかいなかったから、どうすることもできなかったけどな」
「どうするって……」
「でも今は、おまえがいるし」
「……は」
 視界がぐるりと回った。
 いや、オレの身体が回されたのだ。
 薄っぺらい敷布の敷かれた寝台でも、一応はきちんとオレの身体を受け止めてくれる。身体は多少痛んだが、それどころではない。
「……し、新一?」
 今何か、オレは新一の怒りスイッチを踏んでしまったのだろうか。考えたところでわからない。
 酒を―――多分最後に残ったそれを―――思い切り煽ってから、新一は寝台の上にそれを放った。転がされた酒瓶が、毛布に染みを作りはしないかと心配になったが、今のオレにはそれを追うこともできなかった。
[13.03.22]
13.03.17発行/14.03.16完売 A5/68P/\600
20P分はサイト再録、それ以降は全て書き下ろし