オメガバースパロ


 この世界に六つの性別があるなんてことは、今どき小学生に上がる前の子供だって知っていることだ。
 もちろん工藤新一もその一人ではあったが、世間一般と違うところは、α性の両親を持ちながらに、Ω性に生まれついてしまったことだろうか。中学を卒業と同時に検査を受け判明したその結果を、受け入れるようになるまでには春休みいっぱいを必要とした。何せその検査を受けるまで、両親と同じく自身をαだと信じて疑っていなかったのだ。
 恐らくは両親もそうだったのだろうし、周囲だって同様だろう。α性の両親を持っていたという環境もあるが、新一自身、他者よりも高い能力はα性故のものだろうと信じて疑っていなかった。それがこの結果である。
「でもね、新ちゃんは新ちゃんだし、今までと何も変わらないわよ。逆に、これだけ探偵として能力を認められてるのも、全部性別に関わらず新一の力ってことでしょう?」
 そう励ましてくれたのは母親で、結果的にはその言葉が新一を立ち直らせた。
 Ω性の人間が社会的に高い地位を目指すことはまず難しいが、その点新一は探偵になることしか考えてはいない。一般的な会社に就職するのとは訳が違うし、探偵に求められるのは何よりもずば抜けた推理力だ。
 α性でないことには落ち込んだが、だからと言って何も探偵への道が閉ざされたわけではない。現に、今まで偶然出くわした事件は全て見事に解決している。父と馴染み深い警部からも、早くも信頼を抱かれている程なのだ。
 探偵になることに性別は関係ないのだとわかれば、後はもう悩むことなんてなかった。自分は自分で、推理力に変わりはない。そう再度自信をつけた新一は、この時は気付いていなかったのだ。
 つまり、Ω性には発情期が訪れるということを。
 初めての発情期は、大体十代後半に訪れるという。そのことを改めて意識したのは、その二年後のこと。
 新一は、高校二年を迎え、そう、それは『十代後半』に他ならぬ、そうした時期なのだった。


 日本人の人口比と同様、クラスの中で一番多いのは、もちろんβ性の生徒だ。だから新一も、当初は気付いていなかった。ある一人の生徒が、ここ最近姿を見せていないことに。
「田口の奴、最近見かけねぇよな。風邪にしては長くねえ?」
 家で宿題をやりながらそう思い出した話題を振れば、何てことはないように答えは返ってきた。
「あぁ、田口ってΩなんだろ」
「……え?」
「あれ、工藤知らなかった? まあオレも最近聞いたんだけどさ。Ωだから、学校休むこともあるかもしれないって言っててさ。その間のノート写させてくれとか何とか」
 Ω性が学校を続けて休む。その理由なんて。
 気付いてしまえば、英文を写すその手が、止まらないわけがなかった。
「……が、学校休むって、そういう?」
「発情期だろ」
 あっさりと言うのは、黒羽快斗。高校で知り合い、不思議と顔立ちが似ていることから親しくなった。マジックが得意で、頭の回転も速い。
 時間が合えば、こうして度々家へとやってくる。新一の両親は、基本的には海外で暮らしており、家へ友達を呼ぶことに何の不都合もない。
「……は、つ、じょうき」
 そういえばΩ性にはそんなものがあったのだと、この時改めて新一は意識をしたのだ。知識としてはもちろん知っていた。ただそれを、身近に感じたことは一度もなかった。
 けれどそんな驚きを、もちろん黒羽は知ることもなく。
 それどころか、手にしたペンをくるくると回しながら、呑気な笑顔を見せてくれるのだ。
「まあびっくりはするよな。そろそろそういう奴が出てきてもおか
しくねぇとはわかってても、今まで身近にいなかったわけだし」
「そ、そうだな」
「でもまあ、オレ達的には良かったんじゃね?」
「良かった?」
 クラスメイトが数日間も学校を休む、それのどこが。
 真顔で尋ねる新一に、黒羽は当然のような顔をして答えてくれた。
「だって、Ωの奴って発情期にはαを惹きつけるフェロモンとやらを出すんだろ? 実際傍で感じたことなんてねぇから、どんなもんかなんてわからねえけどさ。抑制剤で抑えられるとも聞いてるけど、使い始めの頃は安定しねえとも聞いてるしさ。学校で万が一、そんなフェロモンあてられて襲いかかっちまうなんて嫌じゃん?」
 同意を求めるような、その意見は。
 そういえば、改めて性別について話をする機会なんて今まで無かったのだ。そうして新一は、黒羽のことをα性なのだろうと信じていたし、やはりそうだったのだと確信した。
「別に田口やΩの奴が悪いってわけじゃねえけどさ。でも、こっちは抑えようなんてねぇわけだし、向こうに気を付けてもらうしかないわけじゃん? そういうの考えたらさ、やっぱそういう期間には休んでもらうのが一番だなーってさ」
 工藤もそう思うだろ、と。
 当然のように、黒羽は同意を求めてくるのだ。
「……そうだな」
 そうとしか、答えることはできなかった。
[14.10.17]
14.10.12発行 A5/コピー/12P/\100