4.Let,s Fight!!


 オレと工藤は仲のいい恋人同士だ。
 もちろん仲が悪かったら恋人になるはずもないのだが、所謂倦怠期やら何やらとは全く無縁の、それどころかまだ付き合いたての熱々の恋人同士だったりする。
 だからオレ達は顔を合わせるとキスをする。それはもうちゅっちゅちゅっちゅとキスをする。一応男同士であるからして、外で妙な態度を撮るようなことは断じてないが、その反動と言おうか何といおうか、家に帰るとオレは工藤にべったりしてしまうし、そんなオレを工藤もまた甘やかしてしまうのだからいけない。いやいけなくはない。オレとしては嬉しい限り。願ったり叶ったり。
 工藤に出会うまで知らなかったことはたくさんあるが、キスの気持ち良さもその一つだ。ろくに経験すら無かったというのに、オレはキスなんて、ただのセックスの前戯の一つに過ぎない等と思っていた。それはとんでもない間違いだった。工藤とのキスはいつだって腰抜けになる程気持ちいい。テクがすごいのかどうなのか、工藤にそこまでの経験があるのかどうなのか、その辺りのことはオレにはよくわからないが、何より好きな相手とのキスであるからこそ、あんなにも気持ちがいいというものなのだろう。
 ただ軽く触れ合うだけのキスも、深く口内を弄られるキスも、どちらもオレは好きだ。だからついオレは工藤にべたべたしてしまうし、オレがべたべたすると工藤はそれに応えるようにキスをしてくれる。
 それは嬉しい。嬉しいのだが。
「……えぇっと、工藤さーん?」
「あんだよ」
 妨害するようにオレが両腕を突き出したからだろう、工藤は不機嫌そうな声を返してきた。軽く睨みつけてくるその顔も変わらずのいい男っぷりで、ますます惚れ直しそうになってくる。そうじゃなくて。
「いやその、あのですね」
「オメー最近、人がキスする度に嫌がりやがって。どういう了見だおら」
「いやいや、キスを嫌がってなんかいませんから。嫌がってたらされる前に逃げてるからオレ。そうじゃなくてですね」
「何だよ」
 片腕を突き出して、オレは工藤との距離を開けていた。もう片方の腕は床についている。そうしないと、傾いだ身体はそのまま床にくっついてしまいそうなのだ。お腹と背中がごっつんこではなく、背中と床がごっつんこ。それは勘弁。
「……いやー、最近さぁ、ちょっと思うんだけどさ?」
「何をだよ。言いたいことがあるのならさっさと言え」
「いやあの」
 言い辛い話題だって中にはあるだろう。それもこういうシチュエーションならなおさらに。
 恋人なら少しは気遣って欲しい。と思うがしかし、工藤相手にそんな繊細な気遣いを求める方が無駄だとわかっているから仕方ない。
 要望通り、オレはさっさと言うことにした。
「何で最近、キスする度に押し倒されそうになってるのかなーって」
「何でって」
 工藤は軽く目を見開いた。笑われるわけでも、呆れられるわけでもない。内心はどうだかわからないが。真顔のままに言葉を続ける。
「こんだけキスしてんだし、そろそろ先に進んでもいい頃だろうがよ」
「……えーっと、その先と申しますと」
「……オメーは初恋を覚えたての女子中学生か?」
「いやあ」
 女子ではないが、初恋を覚えたてというところは同じかもしれない。かと言って、オレがそれだけ純真なのかと言われればまたそれは別の話で。オレも工藤も子供ではない。恋人同士の付き合い、キスの後に何が待ち受けているかといえば。それはもう。
「こんだけ待てば普通十分だろうがよ。それとも何だ、まだ心の準備が足りねぇとか言うつもりか? あのな、オレがもうどんだけ待ってやってると思ってんだよ。いつまで焦らすつもりだオメーはよ」
「焦らしてるつもりなんてこれっぽっちもねぇんだけど、何なの? 何なの? あのその、それってすっごい抱く側の台詞みたく聞こえるんだけど?」
「抱く側なんだから当然だろ」
「えっオレ抱かれる側なのっ!?」
 もしやもしやとは思ってはいたが。押し倒されそうになる度に、これはもしやと思ってはいたのだが。
 自慢ではないがオレの勘は鋭い。その持ち前の勘でもって、オレはこれまで幾度もの危機を乗り越えてきた。けれどこんな状況でまで発揮されなくてもいい。むしろ、発揮されない方が嬉しかった。
「……気づいて無かったのかよ」
 茫然としたように工藤は漏らす。その返事はいささかおかしくないだろうか。
「いやいや、何でそんな決定事項みたいな、当たり前のように言われるかがオレ本気でわかんねぇんだけど。オレらそんな取り決めしたことあったっけ? ねぇよな? 隙あらばちゅっちゅちゅっちゅとキスしかしてねぇよな? 何でそれでポジショニングが決まっちまうの。ねぇおかしくないそれ」
「ポジショニングって……いや、だって何となくわかるだろそんなん。それこそ話し合いで決めるようなもんなのかよ? 何となく普通に決まってくもんだろうがよ」
「何となく普通にとか、そういうの良くない! 自分の常識が他人にそのまま通用すると思うのはそれ間違い! 現に今、工藤の常識はオレに通用してない! だからここは冷静に話し合いで決めよう」




6.ファザーコンプレックス


 おかしいとは思っていたのだ。
「なあなあ、今日このまま、オメーの家に泊まってもいい?」
 最近になって、急に恋人から泊まりのおねだりが増えた。それ自体は構わない。構わないどころか嬉しい。相手は付き合いたてほやほやの、可愛い恋人なのだからして。
「……そりゃ、別に構わねぇけど」
「マジで? やったあ! 悪いなー、最近、オメーんちに泊めてもらうことばっかでさ。今度はオレんちにも泊まれよな。狭いベッドでよければの話だけど」
「オメーの寝相悪いから止めておく。ところで先週から、オレの両親いねぇけど」
「えーっ!」
 とたんに残念そうな声が上がった。
 やはり狙いはそこかと、オレは内心で盛大にため息をついた。
「いねぇの? オメーの両親いねぇの? 優作さんいねぇの? 何だよそれー。今月いっぱいは日本にいるって言ってたのにー!」
「親父たちの予定なんて知るかよ。どうせまた、編集者から逃げ回ってでもいるんだろ。ほっとけば、その内また帰ってくんだろ」
「えー。優作さんいねぇのかよー、なーんだ……」
 既に電車を降り、二人並んで米花の自宅まで歩いているところだった。黒羽の住む江古田まで帰るには、また駅まで戻り、電車に乗る必要がある。だというのに、黒羽はどうしようもないことを言う。
「……じゃあオレ、やっぱ帰ろっかなー」
「……オメーな」
 おかしいとは思っていたのだ。
 黒羽は元々、泊まりのねだりをかけてくるような奴ではなかった。黒羽は母親と二人暮らし、オレは一軒家にほぼ一人暮らしのようなもの。何となくその場の流れでオレの家に泊まり込むことはあっても、あらかじめそれをねだられたことなんてほとんどなかった。
 ―――今までは。
 ある時たまたま、両親が連絡無しに帰国したことがあった。そうして黒羽と鉢合わせた。陽気な両親は、これまた陽気な黒羽とすぐさま気が合った。両親と恋人なのだ、仲違いするよりかは、意気投合してくれる方がもちろんいい。そう思っていた時代が確かにオレにもあった。
「優作さんに会えるのかと思って、楽しみにしてたのになぁ。なあ、優作さんいつ帰ってくんの? またしばらく外国に行ってんの? つーか、外国に行ってんの? どこに行ってんの? なあなあ」
「オレが知るかよ!」
「いや息子だろ、知っとけよそんぐらい」
「……ふらっと出かけては、ふらっと帰ってくるような両親なんだよ。一々そんな親の動向なんて探ってられるか。気になるんならオメーが直接聞けばいいだろ」
「あぁそっか」
 ぽん、と黒羽は手を打って見せる。ついでに小さく紙吹雪なんて散らせて見せるのだから、相変わらずの芸達者だ。
「よし、今度会った時には優作さんにメルアド教えてもらおうっと」
 ちらちらと紙吹雪の舞う中、黒羽はどこか嬉しそうにそんなことを言う。父親のメールアドレスなんて、息子であるオレがもちろん知らないわけはないというのに。気づいていないのか何なのか。オレはそれに喜ぶべきなのかどうなのか。
「……で、どうすんだよ」
「んー?」
「まだ家に帰れるぞ」
 今から駅に戻れば、終電には余裕で間に合うだろう。歩みの止まらない黒羽にそう言えば、前髪についた紙吹雪を片手で払いながら、屈託のない笑顔が返って来た。
「優作さんがいねぇのは残念だけど、まあ今日は工藤だけでも我慢してやるかなー」
「言ったなコンニャロー」 
 残っていた一枚の紙吹雪を取ってやりながら、オレは生意気なことばかり言うその唇に噛みついてやった。黒羽は声を上げて笑う。
 どうしようもないことばかり言う恋人に、骨抜きになっているオレ自身が、一番どうしようもないのかもしれない。

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新快本短編集。「風邪を引いた日」「リスク」「恋人の母親(年の差)」「Let's fight!!」「効かせます、恋のスパイス」
「ファザーコンプレックス」の6編収録。「恋人の母親」のみ年の差パラレル物。

...12.09.29(完売13.02.09)