愛ある献血生活


「ったく、無駄な抵抗ばっかしやがって」
 工藤の手がオレの襟元に伸びる。寝巻代わりにしているTシャツは、もともと首元が多少ゆるくはあったのだが、ここに来てまた一段と緩くなった。肩が見えるのではないかと思うぐらい、工藤が引っ張ってくれる所為だ。
「……抵抗しねぇ奴がいると思ってんのか、オメーは。ずいぶんめでてぇ頭してるもんだな探偵さんよ」
「見知らぬ男にいきなり襲われたわけでもねぇんだし、ンな嫌がる必要もねぇだろ。減るもんじゃなし」
「減るだろ!」
 こいつはそんな風に思っていたのか。オレは愕然とした。元々そんな考えをしているのか、それとも身体が変化したことによるものなのか。どちらにしろ、その辺りの意識は改めてもらわないと困る。
「減ってんだよ! 毎回、確実に! オメーに噛みつかれて吸われる度に、減ってんだよオレの血は! 減るもんじゃなしって、人の血を思う存分飲みやがってるくせに、よく言えたもんだなオメーはっ!」
「腕をばりばり食ってるわけでもねぇだろ。オレがどんだけ飲もうがぴんしゃんしてるくせに、ぎゃあぎゃあ喚くんじゃねーよ。減ってるっつーんならな、オレの腹の方が減ってるんだよ」
 吐き捨てるように言うと、工藤がぐわっと口を開いた。大きい、人間にしては大きすぎる、いや鋭すぎる犬歯が露わになり、オレは反射的に身をすくめる。
 噛まれる瞬間はいつだって痛い。当たり前だ、その犬歯がオレの首筋に埋まっているのだから。
「―――っ」
 でも、どうしてだろう。
 回を増すごとに、その痛みは軽減している気がする。慣れだとか、そんな単純な問題ではないだろう。人間の身体は、そこまで痛みに適応するようには作られてはいないはずだ。本能的に。
「……うぁっ」
 ぴちゃぴちゃと音がする。
 一度噛みつき、そこで大人しくしてくれていればいいものを、工藤は必ず何度か牙の位置を調整しようとする。そうでないと吸いにくいのか何なのか。オレには一生わかりそうにない。わからなくて結構なことだが。
 突き立てられた牙を、ずるりと抜かれる瞬間に背筋が震える。他に例えようのない感覚だった。それを間違っても、快感などとは認めたくなかった。認められるはずがない。
「……あっ、……う、ぁ……ッ」
「……やらしい声出すんじゃねぇよ」
「だ、れが……っ」
 オレの血液が、口の中に残っているからだろう。工藤が喋るとまた、ぴちゃぴちゃという水音が伴う。やらしいのはどちらなのだ、一体。
「……ん、あっ」
 工藤がまた、オレの首筋に牙を突き立てる。ろくに血を吸うことなくずるりと抜かれ、また同じ穴に、今度はゆっくりと牙を埋めていく。
「て、めぇ……」



おおかみといっしょ


 快斗の耳は、たえず落ちつきなく動いている。耳だけでなく、そのふさふさとした尻尾もだ。そのどちらもオレの身体には無いもので、いつまで経っても見慣れることがない。
 隣で何やらガラクタ作りに勤しんでいた―――本人の弁によると発明らしいが―――快斗の耳を、オレは二本の指でつまんでみた。もちろん取れない。
「何すんだよ!」
「いや、取れねぇんだな、と思って」
「取れるわけねーだろ!」
 ちょっとした冗談だったというのに、子狼はぷんすかと怒る。怒りながらも、その両手は止まることなく何やらガラクタを作り続けている。
「なに作ってんだよ」
「乱暴な新一にはないしょー」
「飯作ってやんねぇぞ」
「作ってんのは新一じゃねぇだろ。コウモリさん達だろ」
 オレのことは呼び捨てだというのに、なぜに蝙蝠はさん付けなのか。別段快斗に「新一さん」呼ばわりされたいわけではないが。
「オレが使役してる蝙蝠が作ってんだから、オレが作ってるようなもんなんだよ」
「しえきってなに?」
「使い魔にして言うことを聞かせるんだよ。飯作れとか掃除しろとか。まあ召使みたいなもんか」
「じゃあさ、じゃあさ」
 ガラクタを放り出して、快斗はくるりと振り返ってから、オレの膝の上に勝手に上がり込んでくる。尻尾がぶんぶんと揺れているのがわかった。
「オレも新一みたく、しえきできる?」
「……あー、おまえは無理」
「えー!」
 とたんに尻尾がだらりと下がる。感情と逐一連動したその動きは、やはりオレの目には不思議なものに映って仕方ない。こうして見る分にはわかりやすくて結構なことだが、自分の感情がそうして相手に丸見えになってしまうだなんて、オレは絶対にごめんだと思う。
「何で何でー! 何でだよー! 新一にはできんのにー! オレだってしえきして、嫌いな野菜かわりに食べてもらったりしたいー」
「……ンなどうでもいいことに使う気だったのかよ。つーかな、野菜はちゃんと食えっていつも言ってんだろ。でかくなれねぇぞおまえ」
「何でだよ、何で新一にはできんのに、オレにはできないんだよー。そんなのずりー! 新一だけずりい!」
「ずるくねぇよ。そういうもんなんだよ」
「何でオレはできねーの」
 狼だから、ということは簡単だった。
 むしろそれ以外の答えなんてない。無いとわかっているのに、オレは別の答えを返してしまった。
「……子供だから」
「子供ってつまんねーの」


 人間、あるいは狼らしい時間に床についたオレは、もちろん太陽が昇ると同時に目を覚ました。そうしてすぐに気づく。このベッドはオレ専用で、つまり定員は一名なはずなのだが、軽くそれをオーバーしている。
「……おまえな」
 いくら背が伸びたといっても、この甘ったれだけはどうにもできないのか。つまり快斗は、一人寝が寂しくなると、こうしてオレのベッドに潜り込んでくるのだ。
 始めの頃は何事かと思ったものだったが、いつの頃からかオレもすっかり慣れてしまった。いつの間にか潜り込んでいるだけであって、快斗が来ることによって、オレの眠りが妨げられているわけでもない。それはそれで、気配を感じ取っていないという点においては問題な気もするのだが、快斗相手に警戒心を持ったところで意味はないのだ。
 しっかりとオレに身体をくっつけて、オレの衣服を握りしめて、快斗は眠っていた。そんな様子は、少しばかり懐かしいものだった。起きている時の快斗は、最近ではそんな風にオレにわかりやすく甘えてはこない。くっついてくる機会が目に見えて減った。恐らくは、それが成長というものなのだろう。
 昔はよく膝の上に乗ってこられたものだが、それがいつ無くなったのかはわからない。もうすでに、身長なんて、頭半分程しか変わらない程になっているが、いつ快斗の背がそこまで伸びたのかはわからない。わからないことだらけだ。小さな狼は、腹を空かせていた子狼は、オレの知らないところで勝手に成長してしまっていた。
 それが嬉しくもあり、同時に悲しくもあるような気がした。こんなことなら、狼なんて拾うべきではなかったのか。それこそ、馬鹿な考えだった。
「……ん?」
「あ、悪ぃ」


「ペットなら、飼い主としては死ぬまで面倒を見るのが常識だけれど」
「快斗はペットじゃねぇっつってんだろ」
「あら、ペットとして考えた方が、むしろ今のあなたには好都合だと思ったけど?」
 涼しい顔をして知人は言う。相変わらず、嫌なところを突いてくる相手だった。ペットとして考えたらなんて。そんなことができれば、どれだけいいことだろう。
「……ペットとして考えなかったら?」
「狼なんて、獣臭くて飲めたものでもないし。今すぐ捨てたらいいんじゃないかしら」
「宮野、オレはな」
「ま、あなたがその狼を、尊重できる一人の相手として考えるのなら。もちろん、仲間の元に返すべきでしょうね。まだ子供ならなおさらに。大人になってからじゃ、返そうとしてもできないわよ」
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ハロウィンを言い訳に好き勝手書きました。どちらも工藤さんが吸血鬼です。
子狼な快斗を可愛がる工藤さんを書くのが楽しかったです。耳と尻尾のついた快斗を想像するだけで可愛い。

...12.10.03(12.10.07発行)