【 残響ハロウィン 】
ある日工藤が自宅へと戻ると、そこでは恋人が一人、シーツと格闘を繰り広げていた。
「……何やってんだ?」
シーツを相手に格闘だなんて。
洗濯やアイロンがけといった、そんな可愛い有様ではない。辺りにはハサミやマッキーにボンド、その他よくわからない工作グッズが散らばり、その中で一人、黒羽はああでもないこうでもないと、一人シーツをいじくりまわしていたのだ。まさしく格闘という表現がぴったりな程、リビングは悲惨な状況になっていた。
「ん? 工藤さん?」
振り返った黒羽の顔も、また汚れている。恐らくはマッキーのついた手の平で、顔をこすったり何なりしたのだろう。
「お帰り。帰ってたんだ、気付かなかった」
「ただいま。……で、何やってんだ、おまえは?」
近くに寄ってみれば、広げられていたシーツはどうやら使い古された物のようで、全体的にうっすらと黄身がかっていた。工藤家にあった物ではないだろう。とすると黒羽は、わざわざ自宅からこれを持ちこんだのか。
「仮装用の衣装を作ってました」
どこか胸を張るような仕草で、ハサミをちょきちょきとしながら黒羽は答えた。
「仮装用の? 何かマジックでもすんのか?」
「シーツで変装はさすがにしないかなぁ。そうじゃなくて、もうすぐほら、あれでしょ。ハロウィン」
「ハロウィン」
そういえば、世の中にはそんなイベントがあったのか。
季節ごとのそれには疎い工藤であるが、けれどクリスマスやヴァレンタイン程には世間に浸透していないイベントのようにも感じられる。その主役が子供であることも、また原因の一つなのかもしれない。まあそれはさておき。
「ハロウィンだからって、何でおまえが衣装を作る必要があんだよ。おまえとハロウィンごっこなんかやんねぇぞ」
「工藤さんが相手にしてくれないことなんて知ってますー。だからこれは近所の子供たちと遊ぶ様」
「……近所の子供たちと遊ぶ様?」
「そう。みんなで衣装着て近所回って、トリックオアトリート! ってやるの」
楽しそうでしょ? 楽しそうでしょ? と、工藤を見上げながら黒羽はにこにこと微笑んでいる。その顔を三秒程見つめた後、工藤は上着をソファの上に投げ捨て、キッチンへと向かった。
「工藤さん何か食べる? 哀ちゃんがねー、シチューおすそ分けしてくれたよ」
リビングから聞こえた声に、置かれた鍋の中を覗きこんだ。たっぷり四人分はあろうかというシチューは、到底おすそ分けという分量ではない。
「何かね、今日は探偵団の子供たちが遊びに来る予定だったそうなんだけど、元太君が風邪引いて来れなくなっちゃったんだって」
黒羽の言葉は続く。時たま黒羽は、驚く程のタイミングの良さで降って来る。まるで耳が聞こえているようだと思いながら、けれど今のそれは、聴力の有る無しには関係がないかと思い直す。工藤は何も口にしてはいない。持ち前の勘の良さなのか、それとも。
【 おおかみといっしょ 】
狼というのはいつ見ても不思議なもので、頭には三角の耳を、腰辺りから生える一本の尻尾を持っている。耳はともかく―――狼は吸血鬼にも劣らない優れた聴力を持っているのだ―――そのふさふさとした尻尾に、一体何の意味があるのだろう。ズボンにも穴を開けなければいけない分、ただ不便なだけではないかとオレには思えて仕方が無い。
「ふんふふーん」
オレには不便なだけに思える尻尾も、当の狼本人にとってはまた別なのだろう。ご機嫌に鼻歌をうたいながら、尻尾にブラシをかけている。そう、髪以外にもブラシをかけなくてはならないというのだから、不便以上に面倒なだけに思えるのだ。
「今日も自慢の、オレの尻尾ー」
「どこがどう自慢なんだよ」
「えー、まずはこの毛並みの良さ? つやっつやのふさっふさでさ、見てるだけで幸せな気持ちになるっていうの?」
「おまえを拾ってから毎日見てるけど、オレは別に幸せな気持ちになんかならねぇぞ」
「それは新一に見る目が無いから」
あっさりと子狼は言い切ってくれる。生意気なのは昔からだが、ここ最近、どうもその生意気さに拍車がかかっているような気がする。育て方を間違えたのだろうか。今更どうしようもないことだが。
「オレの見る目が何だっつーんだよ。おまえな、そんなブラッシングが好きなら、尻尾以前に自分の頭をどうにかしやがれ。好き勝手な方向ばっか向いてんじゃねぇか」
見慣れた癖毛をつんつんと引っ張ってやれば、子狼はがうっと言わんばかりに犬歯を見せつけてから、頭をぶるぶると振った。オレの手を振り払おうとしたのだろう。
「うるせぇなあ。頭はどうしようもねぇんだよ。癖毛なんだから仕方ないだろ、ほっとけよ」
「おまえの頭も、少しは尻尾を見習えばいいのにな」
子狼の尻尾は、髪とは比べ物にならない程の真っ直ぐさだ。量も多く、抜け毛の季節などは全く大変なのだ。オレの使い魔が掃除をする傍ら、その尻尾からはどんどんどんどん長い毛が抜け落ちていくのだから。
「だからうるせぇっつーの」
言いながら、狼の尻尾がオレの足を軽く叩く。ある程度は自由に動かせるらしい尻尾は、見ていると掴みたい欲求に駆られる。オレにはついていないものであるから、好奇心もまた働くのだろう。
「わっ、こら、尻尾さわんなって!」
けれど、触ろうものならとたんに嫌がるのだ。先に触れてきたのはおまえの方だろうと、もっともな突っ込みを浮かべるしかない。
「減るもんじゃねぇだろ。面倒見てやってんだから、そんぐらい触らせろ」
「減りはしねぇけど、触られると、何かこう変な気分なんだって! くすぐってぇし、敏感な場所だから、そう変に触られたくねぇの!」
「だったら目の前で、そうぱったぱったしてんじゃねぇよ。見てると触りたくなるのは人の常だろ」
「新一は人じゃねぇじゃん!」
声を上げながら、狼はクッションを抱えてこちらに向き直る。もちろん尻尾は遠ざかる。
「じゃあオレが人間だったら触らしてくれんのかよ」
「そういう問題じゃなくて……」
[13.12.19]
13.10.27発行/14.03.16完売 A5/オンデマ/20P/\200