『―――さあ本日のゲストは、皆さまお待ちかね、若手マジシャンとして絶賛活躍中の、黒羽快斗さんです、どうぞ!』
恋人の姿をテレビの液晶画面の中で見ることは、いまだどうにも慣れない。テレビに映る時の快斗は、癖っ毛を丁寧に撫でつけ、よそいきの顔をしているからなのかもしれない。
『本日はお忙しい中、どうもありがとうございました』
『いえ、こちらこそ。呼んで頂いて光栄です』
にっこりと微笑みながら、その手の中から一輪の薔薇の花が現れる。お馴染みのマジックだが、観客席からは歓声が上がる。映し出されたその席は、なるほど女性だらけだ。お約束なのかもわからないが。
『黒羽さんといえば、精力的に活躍されているマジシャンですが、最近では主にバラエティ番組などでも―――』
「おいおまえ、なに見てんだよ」
後ろ頭に、かつんという軽い衝撃が走った。振り返れば、缶ビールを片手に掴んだ快斗が、眉を寄せながらに新一を見ていた。
「いってぇな、何すんだよ」
「ンな強くぶつけてねぇだろうが。おまえの頭は豆腐か」
「オレの大事な脳細胞が死滅したらどうすんだよ」
「こんぐらいで死滅する脳細胞だったら、もうとっくのとうに死んでるっつーの」
ひどいことを言いながら、快斗は三人掛けのソファに腰掛け、慣れた手つきでプルタブを開けていく。あのビールを奪い、思い切りシェイクしてやれば良かっただろうかと、思う新一の前で、快斗はテーブルの上のリモコンに腕を伸ばした。
「何すんだよ」
慌てて新一はリモコンを引き寄せる。
「なにって、チャンネル替えんだよ。おまえこんなん見ても楽しくねぇだろ」
「楽しくはないけど見てる」
「楽しくねぇんなら見る必要ねえだろ」
「オレの家でオレが何見ようが勝手だろ。おまえは黙ってビール飲んでろよおっさん」
「だれがおっさんだだれが!」
缶ビール片手に帰宅し真っ先に飲み始めるだなんて、十分におっさん臭い証拠だろうと新一は思う。新一が空腹だと言えばすぐさま夕飯の支度を始めたのだろうが、夕方に友達とラーメンを食べてしまった所為で、まだまだ胃袋は重たかった。
「……ったく、トーク番組なんて普段見ねぇ癖によ」
背後からは文句の声が聞こえるが、それでも無理に新一からリモコンを取り上げようとはしない。そんなことをされたら後で思い切り快斗の父親に言いつけてやるつもりだったが、背後から文句の声を聞きながらのテレビ鑑賞というのも、何とも居心地の悪いものだ。
自分の出ている番組を見られるのは、恥ずかしいとか何とか、そんな理由であればまだいいのだが。
ありきたりなクイズ番組などでは、快斗は何の反応も示さない。快斗が文句を言う時は決まっているのだ。―――美人と共演し、かつ絡みがある時だと。
「隣に座ってる美人、おまえが好きそうなタイプだよな」
「オレの好みのタイプなんて知ってんのかよ」
「顔立ちがはっきりしてる美人だろ。清楚系よりは元気系。でも髪は長め。身長にこだわりはないけど胸はでかきゃでかい方がいい、間違ってるか?」
「……いや間違ってはねぇけど」
何で知ってんだよ、と、気まずげに快斗は言うが、そんなものは快斗が今まで付き合ってきた女性を思い出せば一目瞭然というものだ。面食いなのかと思うぐらいには、快斗の歴代の彼女は皆美人ばかりだった。どの女性も騙されているとしか思えない。
「……何で変なとこばっか目敏いんだよ、オメーは」
今にも舌打ちを漏らしそうな声だった。図星を突かれたからといって、何を不機嫌になる必要があるのかわからない。新一はそれよりも、快斗の隣に腰掛けた女性を眺めることで忙しかった。長い黒髪と赤いシンプルなワンピースがよく似合っている。女優だろうか。テレビはあまり見ないものだからわからない。
『それでは本日は特別企画といたしまして、黒羽さんには、お勧めのデートコースを案内して頂きました』
視界の女性の発した言葉に、新一は小さく眉を寄せた。
「……デートコース?」
「ただの企画だ、番組内の企画」
被せるようにして快斗は言う。あぁだから、この番組を見せたくなかったのかと納得する気持ちが半分、見せたくないということは何かやましい気持ちがあるのかと、不満に思う気持ちが半分だ。
「……だからンな番組、おまえが見てもつまんねぇだろって」
今からでもチャンネルを替えろと言うのだろうか。それこそ冗談ではない。
「つまんなくても見る」
「つまんねぇのに見てどうすんだよ?」
どうということもない。ただ、知ってしまえばなおさら替える気持ちにはなれないだけだ。
「おまえがどんなデートコースとやらをお勧めしてくれるのか、一視聴者として気になるだけだよ。悪いか?」
番組はCMに入った。振り返り様に新一がそう言えば、快斗は顔を顰めながらに缶ビールを煽った。テーブルに置けば、カンっという軽い音が辺りに響いた。
「……後で機嫌悪くすんじゃねぇぞ」
つまりこれから、新一の機嫌が悪くなるかもしれない映像が流れてくるということだろうか。だとしたら、快斗の忠告は的外れだというものだ。
何せそんな台詞一つで、今現在、新一の機嫌は悪くなっている一方なのだから。
「……さっきから?」
一体いつから、自分のことを見ていたのだろうか。
新一がわずかな警戒心を見せたことに、男もまた気付いたのだろう。「あー」と声を漏らしながらに笑い、ぱたぱたと片手を振った。
「さっきまでね、そこの店で飲んでたんだよ。出た時に、君がいることに気付いてさ。で、店出た後もしばらく仲間と喋ってて、別れた後に小腹が減ったなってコンビニ入ったんだけど、その後も君がいたもんだからさ」
てっきり具合でも悪いのかと思ってと、そう告げられれば、何とも居心地の悪い気持ちだった。夢中になってチキンを食べる振りをすれば、男は「お腹空いてたんだ」とおかしそうに言う。
「……お兄さん、家帰らないの?」
「えー、オレここにいたら邪魔?」
尋ねた新一に、男はからかうような言葉を返してくるから、慌てるしかない。
「そ、そういうんじゃないけど。だって、寒くないかなって……」
「それがねぇ、久々に仲間内で盛り上がった所為か、もう暑いくらいでさぁ」
そう言う男のネクタイは、確かに緩んでいた。その下のシャツのボタンも。首元が寒そうだと思えば、ぶるりと身体が震えた。厚手のセーターを着込んでいたが、もちろんそれだけで足りるものではない。
「お兄さんって響きいいね」
「え?」
「オレさぁ、幾つに見える?」
突然な質問だった。酔っているからなのだろうかと、心の中で思いながら、新一は隣に座った男をまじまじと見上げた。
量の多い癖毛と、細身ではあるが頼りなげには見えないその体躯は、どこかしら快斗に似ている気がした。年の頃も同じだろうか。
「二十五歳」
「えっ、マジ?」
男は驚いたように目を見開くから、本当はもっと若かったのだろうかと、新一は恐縮した。
「……ごめんなさい」
「いや、謝らなくていいんだけどさ。っていうか、ぴったり当てられるからびっくりした。オレ、けっこう年より若く見られる方なんだけどさ。っていうか幼く?」
そう言われれば、男の言動は何だか大学生のようにも思えたが、結局のところ大人の年齢なんて新一にはよくわからない。盗一が時たま連れてくる客人だって、新一には総じて『おじさん』にしか見えないのだ。
「家に、その年の奴がいるから」
「お兄さん?」
「兄じゃ、ないけど……」
自分たちの関係を、世間的にどう言えばいいものなのか、それもまた新一にはわからない。義理の兄弟と言うわけでもなく、けれど顔立ちは生まれつき似ているものだから、兄弟として通すこともあった。両親を亡くしこの家に引き取られたのだなんて、そんなことは一々他人に話すものではない。
いつから兄弟と言わなくなったのかなんて、考えれば答えは簡単だった。好きな相手を兄弟と称すなんて、嬉しくも何ともないことだからだ。
「……兄みたいだけど、兄じゃない奴が、二十五歳だから。何となく、浮かんだのがその年だっただけ」
「ふうん。君は中学生? 高校生?」
「高校生」
[14.03.20]
14.01.12発行/14.03.16完売 A5/オフセ/44P/¥500