二人分のコーヒーを入れてソファに戻れば、三人掛けのソファにゆうゆうとうつ伏せになりながら、黒羽が何かをいじっていた。
「……って、おい」
 見間違いでもなければ、黒羽の手の中にあるのは、工藤のスマートフォンだ。黒羽はいまだ従来の携帯を使っているため、そもそも見間違えるはずがない。
「人の携帯で何してんだ、オメーは」
 声は聞こえずとも、自分が話しかけられていることは当然わかるのだろう。顔を上げた黒羽は、悪びれた様子もなく笑顔を浮かべていた。
「どうも、借りてます」
「何が借りてますだ。人の携帯を無断で使ってんじゃねぇよコンニャロ」
「別に、勝手にメール読んだりなんてしてないよ」
 そういう問題ではない。
 特別見られてこまるものがあるわけではないが、それでもその言葉にはほっとする。慌てて携帯を奪い返しながらも、今更ながらに工藤は気づいた。
「……オレ、ロックかけてたはずだぞ」
 にやにやと笑いながらに、黒羽はクッションを抱え込んだ。言葉は無いが、言いたいことはよくわかる。そもそも、黒羽にそんな言葉をかけること自体が間違っているのだ。
「……おまえな、勝手に人の携帯のロック外していじくりやがって。メールを読んでなかろうがどうだろうが、立派なプライバシーの損害だぞ」
 ごめんなさい、と黒羽は唇を動かす。短い単語になると、すぐさま黒羽は声を出さなくなる。面倒がっているだけなのだろうと、最近では工藤もわかるようになってきた。
「ごめんで済んだら警察も探偵もいらねぇんだよ」
「だって、アプリとか色々あっていいなぁって」
 そんな理由か。
 普通恋人の携帯をいじるとなれば、浮気の確認ではないのだろうか。もちろん本人がすぐ傍にいながら、堂々と携帯をいじる奴もそうはいないだろうが。
 その気になれば、黒羽はいつだって工藤のメールを盗み読みすることなど可能なのだろう。隠すようなことはもちろん無いが、はなからそんな行動は無意味だとも知っている。それだけのことだ。
「ゲームとか、面白そう」
 黒羽の視線は、いまだ工藤の手に戻ったスマートフォンに向けられている。呆れながらに工藤はいれたばかりのコーヒーをすすった。
「だったら、おまえも替えればいいだけだろ」
 人を羨むぐらいなら。子供ではないのだし、その程度の金ぐらい黒羽にだってあるだろう。
「スマホ使い辛い」
「すぐ慣れるぞ。調べ物なんかの時はやっぱ便利だしな」
「タッチパネルが嫌い。前に、ちょっと試しで使ったことがある
んだけど、打つ速度がすごく遅くなったから嫌だなって」
「使ったことあんのか」
 うん、と黒羽は頷いた。クッションを抱えたまま起き上がり、もそもそとマグカップに腕を伸ばす。砂糖とミルクがたっぷりと入っていることに、満足げに笑みを漏らす。
「まあ、確かに打ち間違いは増えた気もするけどな」
「だろ?」
 黒羽は軽く肩をすくめた。外では―――いや、油断をすれば家の中でだって―――携帯に文字を打ち込んで会話をしてばかりの黒羽にとっては、何よりもその打ちやすさが重要なのだろう。
「でも、おまえのことだから、すぐにそれにも慣れるんじゃねぇの?」
「か、なあ」
 その辺りは、黒羽自身にもわからないのだろう。生活に人並み以上に関わるものだからこそ、工藤が機種を替えるのと同じようにはいかないのだろう。
「まあ、今の携帯、気に入ってるからいいんだけどね」
 黒羽は言って、ソファの端に置いてあった携帯を引き寄せる。会話の度に目にしているものだから、もう随分と見慣れてしまった。落とした時についたのか、小さくついた傷の形すら覚えてしまった。
『工藤さんにお願い。さっきやりたいゲーム見つけたから、工藤さんのスマホに入れちゃダメ?』
 画面を見せられて、工藤は呆れた。
 その文面ではない。そんなことはどうだっていい。携帯を一度手に取ると、とたんにそこに文字を打ち込んでしまう恋人に呆れたのだ。
「ちゃんと声に出して言え」
 ―――疲れた。
「オレとの会話ですら疲れてたら、おまえ他の人と会話する時にはどうなるんだよ」
 ううーんと、携帯を握ったまま、黒羽は考え込む様子を見せた。何とも演技がかった態度だった。
『テレパシーを習得するしかないのかも』
「……テレパシーを習得する前に、声出す会話に慣れる方が早いだろうが」
 えー、と、黒羽は肩をすくめる。疲れたとよく黒羽は口にするが、あれだけの怪盗業をこなしていた男が、何を言うのだろうかとその度に工藤は思ってしまう。
 その二つを簡単に比べることはもちろんできないが、怪盗業の方がよほど精神的にも肉体的にも、疲れる作業だと思えるのは工藤だけなのか。
 疲れた、とよく口にする黒羽が。
 ただ単に、甘えているように思えるだなんて。
『入れちゃダメなの?』
「声に出しておねだりすれば入れてやるよ」
『工藤さん、その台詞けっこうエッチだよね』
 何を指して、そう言っているのかはわからなかった。
 わからなかったのは一瞬のことで、すぐさま黒羽の言いたいことを察した工藤は、思わず顔を赤らめた。
「……馬鹿なこと言ってると入れてやんねぇぞ!」
「ごめんなさい」
 ぺこり、と黒羽は素直に頭を下げた。
「どうしてもやりたくて仕方ないから、工藤さんのにあれを入れさせて下さい」
「……ンだよその言い方」
「エッチっぽく言ったら入れさせてくれるかなぁって」
「バーロっ!」
 怒鳴りながら、その癖毛の頭を叩いた。痛いと声が上がるが、自業自得だと思う。どうして自分の方が抱かれる側のようなことを言われなければならないのかと。
 いまだにこの恋人と、ベッドを共にしたことはないのだけれど。

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2話の冒頭。「残響」本編に比べ、とにかく二人が始終仲良くしています。
待ち合わせをしていたり家でだらだらしていたり、快斗がお弁当を作ったりな後日談短編集。

[12.12.21]
A5/62P/\500 13.01.06発行 13.05.03完売